ど〜でもいいけど、現在、季節の扉は“小暑”のままである。二十四季節季で「処暑」(8月23日頃)と「白露」(9月7日)が過ぎてしまった。…あ〜、「秋分」とかわかりやすいのは避けたかったのに(>_<)。開き直って、これから「白露」の扉を作るか!?
 別に、24の扉を作る気は、最初から無いんだけど、なんか悔しくね?>自分

 ということと直接は関係ないんですが、42のお題がほとんどイってしまった(笑)ので、またお題を拾ってきたついでに、чёрная луна をリニューアルしました。目次を立てたというわけです。キレイにできたので、自己満足(*^_^*)。うふふ♪

 新しくお借りしてきたのは、「月の咲く空」というサイト様からのお題ですが、要するに、この間公開した古代くんや佐々葉子の晩年の話で、孫娘が出てきました。来週公開する話で、こんどは孫息子=これが艦載機乗ってます−−の話を書きたくなったのですよ。ただしこれでストーリー展開すると限り無く広がっちゃうから、ラブ小話程度にしとこうと思って(笑)。

 ということで、まだぜんぜん更新したり新しいお話を置いたわけではありませんが、こういうことで。

 чёрная луна
   お題による短編 10×∞

  お部屋をちょいと片付けて、本棚をキレイにした。仕事が少ししやすくなり、玄関の風通しがよくなった(玄関の脇まで本棚とラックが覆っております、我が家)。あとは家の中の仕事スペースをキレイにすれば、仕事場でWebしないで済むように。とか思っていたりもする。冬に向けて、お部屋改造計画だっ!! ウェッブのコンテンツも、リアルな部屋も。整理整頓されると嬉しいですよね? (<もっとふだんやれよ、という話もあるが)

 「白露」または「秋分」の扉、は新作公開を念頭に、今週か来週には更新予定っす♪
 
 タイトルとは無関係なblog。某資料によれば、『宇宙戦艦ヤマト』(第一航海ってやつ)では、本日(もう昨日か)9月6日。ヤマト、地球へ帰還−−の日のハズですな。あぁ、ここからすべては始まった…。

 この物語の加藤四郎くんは、(うち的worldでは)訓練学校に入学したばっかり。1年間、下っ端をやりながら、一生懸命おにーちゃんを待っていた時期。かたやもう一方の方は、古代進や島大介、森ユキらとともに、沖田艦長の許、その最初の旅を終えた…。

 はい。長らく放置(?)の「古代進と森雪100のお題」よりNo.49「あこがれ」です。
が、しかし。すんません、2人の話ではないっす、上記に上げたように、“うちの2人”。つまり、加藤四郎と佐々葉子のLove Loveです。いやもう、熱いだけは保証しますけど(笑)。

 此処のところ、物語の終焉を書き続けていました。短編で、ぽつりぽつりと。それぞれのヒトが、それぞれに。そして関わるすべての人々が。どうなっていくのかな……まだ登場していない人もいますし、その短編の時間軸だけだって10年近い年月の幅がある。だから、まだ終わりはしません。が…。
 8月末。加藤四郎の一遍を書き終えて、なんとなく、やっぱり。若い頃の2人を見て、元気を分けてもらって。そしてまだまだ時間軸を跳び越えて元気でジャレてる2人、戦ったり仕事したり子育てしている2人を、まだまだ見てみたい気がして。
 書くのは私だけの特権なんですなー。先行モニタしていただいた方々から喜んでいただいて、しみじみそう思いました。私が最初に見ることができて(考えていると、ふっと浮かぶ情景を、書き落としているだけなので。あまり“自分で作っている”という感じにはならないのですね)、どう表現するかは任されているわけだから。なんか、幸せ〜な気持ちで。書いてます。いや、ちょっといぢわるもあるかな。
 このあと、葉子ちゃんはちょっと月で苦労するんですね(ん? 苦労するのは四郎か!?)

 ともあれ、彼らの甘〜い♪ 1日を、どうぞご堪能ください。
例によって、オリジナル・キャラの好みでない方は、スルーをお願いします。

  「古代進と森雪のためのお題100」 No.49「あこがれ」 より
  =この腕の中で=
       ※念のため。★加藤四郎と佐々葉子の話★です。

 では。残り素敵な週末/または夏休みを。
 
三日月小箱「迎賓館」にポトスさんの新作アップです。
今回は(も?)、背景デザインも、気合入りまくりだす♪

 ちょうどガッコで、伝承文学などについて勉強していた矢先。イスカンダルの歴史と神話を、きちんと収集して持ってきた真田さんに萌え(*^_^*)〜♪な私です。
彼って科学者ってだけじゃなくて、きちんと歴史的視点も持ってるヒトなんだぁ(まぁウチのчёрная луна にもそんな話の片鱗はいっぱい)、とかね。もちろん、その星の進んだ科学とか取り入れるためとか、ガミラスの戦いの意味なんか調べるためには必須だったでしょうけど。
 それを本に編んじゃう柚香ちゃんが、好きだなぁ♪

 「ヤマト艦長や、艦長代理、戦闘班長、そして航海長としての彼らの名は歴史に刻ま
れるわ」 「だが、地球の復興を支えてきた、ヤツらの外周艦隊艦長や、輸送艦艦長としての名は埋もれる――」
・・・
「真田志郎の名は、残るわね。いつまでも」
「名が残る人間というのは、悪人なのさ――」


  三日月小箱「迎賓館」 下記からお入りください。
  ポトスさん作:「守護神」

綾乃の「気合の入ったあとがき」もお読みください(笑)。…逃げない、けど人間的な真田さんが素敵です♪

 文中に出てくる「製本」ですが、現在でも、たとえば箱入りの単行本ってあまり見かけなくなりましたよね。コストパフォーマンスの点で、だんだん需要がなくなっていく→それでは食えない→職人さんが居なくなっていく なんだそうです。手綴じ製本の和綴じって綺麗ですよねぇ。あぁぁ、私も紗月も、柚香が製本した『蒼い表紙のイスカンダル正史』と『ガミラスの碧の色をした二つの星の神話』の本が、ほしいよぅぅ。とわめきました。
 いいなぁ、、、

 ともあれ、週末、お楽しみいただければと思います。
 
 タランくんの会社に新しいバイトくんが入ってきた。ちぃさい会社なので、給料分働けない前のバイトくんはクビ、とゆーことで(とはいえ、就業規則やらいろいろ上、単純にクビにはできないので、時間削減のうえ、グループ会社を紹介、ということにした。人には向き不向きがある)、ここのところ採用活動をしていたのである。

不況なんだろーな、という。ちょっとした募集でも、けっこう人が集まる。若い子には向かない(新卒ではダメっす。人相手のしょーばいなんで)ため、20代後半から30代前半、という、普通でいえば“働きざかり”の人がけっこう応募してくる。さすがに給与を見て、家庭持ちは来ない(爆)。

さて、そのバイトくんが決まり、就業はや1週間。先般、一つ締切が終わったところで、歓迎会、となったのだそうだ。「いや、いつがいいかって言って皆で決めたんだけどねぇ、参ったなぁ」翌日、夕方飲みに行った先で、はぁ、と社長モードのタランくん(背広着て熱中症になってます・笑)。「どーかしたの? 相性良くないとか?」「いんにゃ。すっごく面白いし、部署には馴染んでるよ」なかなか難しいメンバーが多いので、多少、クセがないと勤まらない、というのがタラン社のヘンなところである。
でもまぁ、普通の職業おじょーさまなんだそうだけど。

あまり普通とはいえない特技が、彼女にはあった。「本当は英語ができるひと、ほしいんだけどさ」。業界では当然だろう、一応、社長ともう一つの部署のリーダーがある程度使えるが、あとがダメなのね。「ちゃーんと書類作れる人が欲しいよぉ」そう言ってたので、「じゃぁそういう条件で採ればいいじゃない」といったら、「そういう派遣ちゃんは高いんだ」とのこと。そーか、特技で切ると高いのね。

 で、何が特技なのさ。
と聞くと、「アラビア語がぺらぺら」。−−ふに?
アラビア語? それで、仕事なくてぷーなの? 外務省とか政治とかのバイトすればいいじゃん、といったら、「現地にしばらく居てさ。そういうバイトしてたらしいよ。だから通訳とかもばりばり」
なんで、そーいう人が、あんなちっちゃくて給料の安い会社に、バイトで来るんだぁぁ?
 理由はわからんが、日本に戻って暮らしてる相棒の仕事もあるし、と地の利を結構考えたんじゃないか、と推測している。それに「大学出てないから、一生其処(=政治方面)の仕事はできないでしょ」とゆーのがタランくんの意見。そーだよね、階級社会だしな。

 で、歓迎会の日。何が困ったのよ、というと。
「『今日からラマダンなんです、すいません』なんだよー。早く言ってくれれば日程なんか幾らでも変えたのにぃ」と泣く。え、それって? ムスリムかぁ!? ……そりゃそーだ。ラマダン(断食月)だと、宴会行って酒呑めないでしょう。えぇ、それじゃ食べてないの? と聞くと、さすがに現代の日本の日常生活で、それはないんだそうだが、酒と豚肉がダメなんだそうだ。ということで、極めて地味に宴会は終わり…。「しょうがないね、ラマダン開けたらもう一回のみにいけば」というと「そうする」というタランくん。ふわぁ、ブンカって難しいわ。

 ところで、彼女(=バイトくん)は生粋の日本人である。何度かアッチへ行っているうちに、現地の文化・宗教に馴染み、そのまま自分も入信したそうだ。それもまた自然というか、天然で柔軟性のある人だよなぁ。
 日本にはムスリムが1万人程度、住んでいるそうだ。日本人もいればそうでない人もいる。この人数だと、相当大きな宗教派閥だといってもよい。やっぱ土曜日に礼拝したり、家の何箇所かに、矢印があったりなんかするのかな? とも思うけど。流石に、就業時間中に「お祈りタイム」が欲しいとはいわなかったそうで、それも宗派によっていろいろあるんだろうな、と思う。
 紹介してもらうのが、楽しみ(^_^)。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

 
…昨日の「+書かず」に美術館とかコンサートの話が書かれていたが、実は一部、紗月とメールでやり取りした中にあった話。その時は、

 >クラシック音楽を聴きに行くようになって、回りの視線が冷たく感じたりしている
 >美術館も好きだから、ひとりでも鑑賞に行くんだけど、クラシック音楽+絵画
 >となると、さらに冷たい(爆)。
 >高尚な趣味で、ブルジョアチックで、タカビーだと思われるらしい。
 >で、その下で、「田舎の××の娘で、××だったくせに」と付くんだな。

私の返事。
>言ってること(その人たちの)の意味が、さっぱりわからない。
>その人たちの意見をきちんと聞いてみたいものだけど
>そーいう方たちが、クラシック音楽とかダメにするじゃないだろか。
>
だったんですけどね。つまり、そう仰る皆さまがたが、「高尚な趣味で、ブルジョアチックで、タカビー」だといいつつ、それを演ったり聴いたりする人々(私らのことですな)を莫迦にしておられる。ついていけん阿呆だと思っている。200年くらい遅れた人間(<ま、そらそーでんな)だと考えておられる。今の流行とか、ポップスとか、そういうこと知ってて、ワイドショーの話題が何か、というのを知らないとダサい(<というのも死語だが)わけです。

 そーか?
 行って、虚心に向き合えばいい、と思う。

よく、「難しくてわかんない」という人に会います。音聴くのに簡単とか難しいってあるんでしょうか? 私にはよーわからんのです。もちろん、知識があれば、それなりに楽しめて、奥が深い、っていう意味では各ジャンル音楽(クラシックやジャズやその他もろもろ)はソウだろうと思います。お友だちの話題を「あの人がこーでさ、あぁでね」って楽しく語るのと同レベルでそのオトモダチの名前を「ベートーヴェンさん」や「ブラームスさん」に変えればいいと思うんですが(「ショスタコーヴィチさん」という人もいらっさいますな)。

 確かに雰囲気を楽しみたい人もいるでしょう、ちょっとスノッビッシュな部分も皆無、とはいいません。もともとが階級社会の産物であり、パトロンがあってなんぼ、だった世界です。えぇ、演ってるほうは、どーせ「カ×ラコ×キ(<差別用語ゆえ、伏字)ですとも。えぇ。どんなにタキシード着ててもね、世界的に有名な名士で、王様なんかと談話できちゃったりテレビにも出たりする人であっても、ですよ。

 音楽方面に走ってしまった・・・

 美術館には、私は、行かない方だと思います。絵を見るのも、美術館という建物の空間そのものも好きで、海外に行く時はもちろん行く先々で小さな町の小さな美術館にも行くし、専門美術館・博物館も好きですが、なかなかわざわざ行きません。「あ〜あれ、見たい。いつからいつまでやってるから、行こう」と手帳にメモしておいても、「この日は、行く」と決めるとか、誰かと約束しないと、気付いたら多忙のうちに「しまった、今日までだっ」ってことがよくあります。コロー展はそうだったし。…フェルメールは絶対に行くぞっ!!

 フェルメールは、同名の弦楽四重奏団に教えてもらった画家です。先般、ラストコンサートを行ない、涙を流しながら紀尾井ホールに通ったコンサート、素敵で元気なお爺ちゃんたち。「作曲家の名前だとそればっかり演奏しなきゃなんないだろ。画家の名前を付けるのはヨーロッパで流行ったんだよ」これも、ミケランジェロSQの某チェリスト氏が笑いながら仰ってました。ミロSQというアメリカの若いカルテットもありますし、、どれも素晴らしいですが。

 学生の頃、美学の教授がやたら、「美術館に行きなさい」と仰ってレポート書かせる人でした。まぁそういう芸事の学校でしたから、当たり前っちゃ当たり前でしたが、ともかく「本物を見なさい〜」とさんざ吹き込まれ、あの頃、暇さえあると上野公園をウロついていたものです。あの森にはいろいろありますが、国立美術館は常設展も素晴らしく、今日はこれをゆっくり観よう、とかテーマを決めてたりしました。

 美術の見方ってよくわかりません。もちろん、ガイドはあった方が良いに決まっています。入るとあまりに膨大な量なので、ゆっくり見回っていると半日では終わらないし、なにぶん、疲れる。自分が体力が無いこともわかっているので、無理はしないで、諦めています。
 そうすると、ツアーのスピードで回るのが一番効率はいいんですけどね、、、飽きるし(<子ども?)。

 たとえば、私は、ペテルブルクのエルミタージュ美術館に3回ほど行っていますが、いまだに全部屋は見終わっていません(もちろん、開いている部屋はその都度違います)。エルミタージュだけでなくて、たった4〜5日の滞在中に、気に入ったら、同じ美術館に何度も行くこともあります。
その分、回れる場所は少なくなりますが、仕方ないですよね?

 ひところ、某ばぶり〜♪な女性誌で、「ミュージアムショップ・グッズ」の特集など掲載されたことがありました。今ではどこでもあるんですが、当時(10年以上前)、ミュージアム・ショップってけっこう楽しかったんですよねぇ。そこにしかないもの、とかそこにちなんだもの、とかが置いてあって。お土産にもけっこうラブリーなものがあり、そうそう、スミソニアン博物館とか「宇宙食」とか置いてあって一時期話題になりましたよね?

 そういう場所巡るのも楽しい。ミュージアムショップには必ずそこにちなんだ絵葉書や画集があるので、買いすぎないようにしないと手が痛くなります(お財布は軽くなりますが、、、)。いまでも、けっこう好きです。この間、伊豆箱根の美術館で、ひじょーに美しいクリアファイルを見つけました。最近、日本の美術館で流行ってるらしくて、あちこちで、そこオリジナルのをなんとなく集めています。でもまぁ六本木ヒルズのツアーにもあったけどな(笑)。

…話を戻すと。
 のんびり、ゆっくり見たり、空間や時間も楽しむのが好きですね。だから1人で行くことも多いけど、一人だとまったく行かなかったりするので、日本で特に百貨店での展覧会の時は、知人と一緒に行くことが多いです。誘ってもらった方がうれしい♪(あまりチェックしてなくて、こういうのは主婦の友人とかの方がずっと詳しいのです)
 90年代に、初めてNYへ行きました。10日間の一人旅で、ブロードウェイやリンカーンセンターや、いろいろ見まくったんですが(スミソニアンにも行ったぞ、当時・地元に住んでいた友人と)。MOMA(現代美術館)もだったが、やはりメトロポリタンでしたなー。

 あまりに大きいのと疲れていたのですが、滞在中に2回、行きました。地下鉄を間違えて乗り越すと、そのままハーレムなので、けっこう緊張しながら最初は行きました(次は歩いていった・笑)。
合唱をやっていたので、クレーの絵が見たかったんです。大好きな曲のテイストになった絵を。もちろんその絵本は持っていたし、「印象が物凄く違うよ」とセンパイたちには脅かされていたのですが。クレーの部屋には釘付けでしたな。日本には絶対持ってこられないデカい絵が壁一面にあり、いくつか有名な絵はツアーに行ってお留守だったり、だけど小さな額に入ったシリーズが、まるであの曲のバリエーションのようで。。。何度も行ったり戻ったりして、がらんとしてたので、なんだかそこで何十分も過ごしました。灯りの具合とか、空気の具合まで覚えています。

 美術館というと、絵と、その「時」と。自分の心象まで。絵画とともにそこに在る気がします。
どんな風に見たっていいやんか、と私なんぞは思うけれども。1枚の絵画と真剣に対峙すると疲れてしまって、ほかを見る気力はなくなりますねぇ。だからその日、心に留める絵は1枚で十分だと。だけど、数見ることも、たしかに必要かもしれませんな。

 いや、なんでも本物は見ておいた方がいいです。良いものばかり見てると目は肥えますし。文章書くのにも、何かを作るのにも、栄養になると、思うなぁ。…とはいえ、やっぱり私は聴覚主導型人間で。イラスト描きの皆さまのようには絵からインパクトを受けてないような気もしますが。うん。記憶できないっすよ、悔しいです。

 ということで、フェルメール展は行かねば。それと、9月は国立博物館に縁がありそうです。
都響の定期とかばよりんのレッスンの時に早めに行けばいーんだよな、自分。。。余裕ない生活ね。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

 

| Home |


 BLOG TOP  »NEXT PAGE


template and material by HPテンプレート素材集IFD