「出発--ほんの少しのすれ違い」(2)
[2011.12.22のアーティクルの続き]
= 2 =
「え? これが皆、食べられるのですか?」
数日後。その日は良いお天気である。
「あぁそうだよ。煮ても焼いても美味いから、やってみな」「はい」テレサはそう言って、珍しそうに商店街のいつもの店頭で、山から採れてきたばかり、というような植物を覗き込んでいた。
あまり人通りが多くない時間帯を選んで、商店街へ出かけていく。通常の日用雑貨や缶入りのものなどは良いスーパーがあるので、島につれていってもらい、棚の配置を覚えてそれで済ませているが(それも1週間に一度行くか行かないかで、めったに一人で行くことはなかった)、この商店街のお店にはけっこうな頻度で出かけてきていることを、実は島はさほどきちんと把握しているわけではない。
テレザートに居た時のように、宇宙の様子をウォッチングして1日祈りを捧げているわけじゃなし、勉強する、といってもそう何時間もできるわけじゃなし。テレサの高い知能は、あらゆることを吸収し、考えることにたいへんに向いているため、何か目的があれば別だが、現在はさほど熱心に文献を読んだり何かをマスターしようとするような興味は持っていない。それよりも“地球での生活をマスターする”方に重点がある、と思い決めているのだ。洗濯はバッシュマシンがほとんどをやってくれるし、掃除も狭い官舎、しかも物も少なく人もいない部屋などあっという間。要するに、暇なので。
商店街への往復は、良い気分転換になったし、いろいろな知識で覚えたことを実際に当てはめてみたり、人と話をすることの良い訓練になる。そしてまた、このように新たな発見が毎回、あるのだった。
「姫さんの国じゃ、四季ってもんはないのかい?」
八百屋のおじさんはテレサが比較的よく話をする一人で、子どものように目を輝かせて野菜を眺めるのが楽しいらしく、いろいろ教えてくれる。果物に関しては故国のものと近いものがけっこうあるらしく(色や形は違うが)、野菜は地球独特のものだ。食材に関して “自然のまま”を売りにしているこの店には、店頭で土のついた筍や新聞紙に包んだアスパラガスなどが見られて、テレサも楽しい。
「どれが、おすすめでしょうか?」
少し首をかしげてゆっくり話す調子が上品なのと、その雰囲気から、彼女は「姫さん」と呼ばれていた。官舎住まいなのは知られていたので、軍関係者だというのも噂になったが、遠い国のお姫さんなんじゃないか……という、当たらずとも遠からずの噂の方が信憑性があったようである。
「そうさなぁ……どれも、うまいよ。あんたのイイ人は野菜は好きかね?」
「いい人?」きょと、と目を見開いてテレサは八百屋のおじさんのごま塩頭を眺めた。
「え、そらぁ。旦那さんとか恋人とか、そら。一緒に暮らしてんだろ? いつも幸せそうじゃねぇか。なんだな、いろいろワケアリなんだろうけど、いい人に見つかってよかったな」――知らないというのは恐ろしいもので、おじさんの直観はほとんど当たっている。テレサは「えぇ」と本当にうれしそうに微笑むと、八百屋のおじさんもよかったな、といってまた笑った。
結局、大幅におまけしてもらい、たくさんの野菜をカゴに入れて帰ろうとしたら、「野菜だけじゃだめだよ」と向かいの魚屋さんに呼び止められ、まだ魚料理はできないテレサはそれなら、と口を出してきた肉屋のおかみさんに料理のレシピまで教わって、満足して家へ戻ってきたのだった。
★
アスパラガス、蕪、カボチャにキャベツ。さやえんどうにゴボウにゼンマイと蕗。筍とニラ。レタスとキャベツは迷ったけど、レタス(。どう考えてもいっぺんに食べられる量ではないが)。
それから豚肉のブロック。
さっそくキッチンに立って、夕食の支度にかかる。
作り方などは大丈夫だろうか? だいたい八百屋の店先で聞いただけで、未知の野菜が使いこなせるのか? いろいろ覚えられるのか?
いや。実は、おっとりしてどちらかというと“天然”に見えるテレサの記憶力は、コンピュータ並みだった。
5月の旬の食材をメインに、サラダと煮込みに分ける。作り方が簡単なのは煮込みね、と聞いた話を頭の中で組み立ててみる。意図しない限り、けっして忘れることは無い。
この点では島大介は誤解していた。
特殊能力――テレパシーやテレキネシスは再生の時にほとんど失われてしまったが、持っていた能力そのものまで失ったわけではなかった。この事実は佐渡と真田、そうして古代とユキらしか知らない。島も知っていたが、どうにも彼女を客観視することができず、本当に理解できているとはいいがたいのではないか。護らなければ、と思うあまりに見えなくなっていることがあるとすれば、彼の場合は【そう】だったろう。
(3・へ続く)
「え? これが皆、食べられるのですか?」
数日後。その日は良いお天気である。
「あぁそうだよ。煮ても焼いても美味いから、やってみな」「はい」テレサはそう言って、珍しそうに商店街のいつもの店頭で、山から採れてきたばかり、というような植物を覗き込んでいた。
あまり人通りが多くない時間帯を選んで、商店街へ出かけていく。通常の日用雑貨や缶入りのものなどは良いスーパーがあるので、島につれていってもらい、棚の配置を覚えてそれで済ませているが(それも1週間に一度行くか行かないかで、めったに一人で行くことはなかった)、この商店街のお店にはけっこうな頻度で出かけてきていることを、実は島はさほどきちんと把握しているわけではない。
テレザートに居た時のように、宇宙の様子をウォッチングして1日祈りを捧げているわけじゃなし、勉強する、といってもそう何時間もできるわけじゃなし。テレサの高い知能は、あらゆることを吸収し、考えることにたいへんに向いているため、何か目的があれば別だが、現在はさほど熱心に文献を読んだり何かをマスターしようとするような興味は持っていない。それよりも“地球での生活をマスターする”方に重点がある、と思い決めているのだ。洗濯はバッシュマシンがほとんどをやってくれるし、掃除も狭い官舎、しかも物も少なく人もいない部屋などあっという間。要するに、暇なので。
商店街への往復は、良い気分転換になったし、いろいろな知識で覚えたことを実際に当てはめてみたり、人と話をすることの良い訓練になる。そしてまた、このように新たな発見が毎回、あるのだった。
「姫さんの国じゃ、四季ってもんはないのかい?」
八百屋のおじさんはテレサが比較的よく話をする一人で、子どものように目を輝かせて野菜を眺めるのが楽しいらしく、いろいろ教えてくれる。果物に関しては故国のものと近いものがけっこうあるらしく(色や形は違うが)、野菜は地球独特のものだ。食材に関して “自然のまま”を売りにしているこの店には、店頭で土のついた筍や新聞紙に包んだアスパラガスなどが見られて、テレサも楽しい。
「どれが、おすすめでしょうか?」
少し首をかしげてゆっくり話す調子が上品なのと、その雰囲気から、彼女は「姫さん」と呼ばれていた。官舎住まいなのは知られていたので、軍関係者だというのも噂になったが、遠い国のお姫さんなんじゃないか……という、当たらずとも遠からずの噂の方が信憑性があったようである。
「そうさなぁ……どれも、うまいよ。あんたのイイ人は野菜は好きかね?」
「いい人?」きょと、と目を見開いてテレサは八百屋のおじさんのごま塩頭を眺めた。
「え、そらぁ。旦那さんとか恋人とか、そら。一緒に暮らしてんだろ? いつも幸せそうじゃねぇか。なんだな、いろいろワケアリなんだろうけど、いい人に見つかってよかったな」――知らないというのは恐ろしいもので、おじさんの直観はほとんど当たっている。テレサは「えぇ」と本当にうれしそうに微笑むと、八百屋のおじさんもよかったな、といってまた笑った。
結局、大幅におまけしてもらい、たくさんの野菜をカゴに入れて帰ろうとしたら、「野菜だけじゃだめだよ」と向かいの魚屋さんに呼び止められ、まだ魚料理はできないテレサはそれなら、と口を出してきた肉屋のおかみさんに料理のレシピまで教わって、満足して家へ戻ってきたのだった。
アスパラガス、蕪、カボチャにキャベツ。さやえんどうにゴボウにゼンマイと蕗。筍とニラ。レタスとキャベツは迷ったけど、レタス(。どう考えてもいっぺんに食べられる量ではないが)。
それから豚肉のブロック。
さっそくキッチンに立って、夕食の支度にかかる。
作り方などは大丈夫だろうか? だいたい八百屋の店先で聞いただけで、未知の野菜が使いこなせるのか? いろいろ覚えられるのか?
いや。実は、おっとりしてどちらかというと“天然”に見えるテレサの記憶力は、コンピュータ並みだった。
5月の旬の食材をメインに、サラダと煮込みに分ける。作り方が簡単なのは煮込みね、と聞いた話を頭の中で組み立ててみる。意図しない限り、けっして忘れることは無い。
この点では島大介は誤解していた。
特殊能力――テレパシーやテレキネシスは再生の時にほとんど失われてしまったが、持っていた能力そのものまで失ったわけではなかった。この事実は佐渡と真田、そうして古代とユキらしか知らない。島も知っていたが、どうにも彼女を客観視することができず、本当に理解できているとはいいがたいのではないか。護らなければ、と思うあまりに見えなくなっていることがあるとすれば、彼の場合は【そう】だったろう。
(3・へ続く)