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海辺の家は静かにそこに古代を待っていた。
明かりも無い――静かに波が寄せるそこに、ユキの姿が無いことを、今の古代は知っている。
(ユキ……)
何故、移民船団の団長になど。
いやわかっていた。
古代ならそうするだろうから、と彼女は言ったと誰かが伝えたが、そう言われなくとも古代にはわかる。俺の代わりではない、ユキがユキであるために――美雪や、俺を守ろうとして彼女は行ったのだ。それが――地球を守ることが、俺たち家族を守ることだと信じたから。
変わらない、ひと。
出会った頃から―― 一途に、命を賭け、地球や、愛を踏みにじる者と闘い続けてきた女だ。見事なまでに。
(--ユキ)
だが古代はそれを口に出すことはなく、娘の美雪がどこにいるだろうかと思い、3年ぶりの家の敷居をまたいだ。
☆ 「買い被りです。俺は宇宙を彷徨っていた男ですよ--あの頃とは違います」
真田の公邸に招かれ、夕陽を浴びる軍(タワー)と東京メガロポリスを眼下に眺めていた。こんな折だったが、再会の喜びも、ある。
思えば、真田とはいつも、こうしてしか会うことは少なかったような気もするのだ。
「古代――」
「真田さん――」
旧友、真田志郎が何を言いたかったのか、いまの古代にはわかっている。
だが、それが、何だろう?
地球は、失われてしまうのか--あの慟哭の日々は、無駄だったというのだろうか。
古代の脳裏に、様々なヤマトの戦いがよみがえり、そうして斃れていった友や仲間の姿が浮かんだ。
(島――)
弟にも久しぶりに科学局で会ったな。すっかり真田さんの片腕として、貫録も出てきた。聡明なのは兄以上かもしれない。時折、所作があいつにかぶる――再会の言葉もろくにかけてはいなかったが…。
☆ 古代の想いは彷徨う。目の前に、月からの放射を受けて冷たい光を煌々と放つあのほし、アクエリアス・ルナが迫っていた。
微かな気配が近づく。「帰ってたの――」
冷たい声音がその沈黙を破った。
振り返り、「美雪」と応えた。娘らしくなった姿に感動する間もなく、その娘は固い空気をまとわりつけ、触れるなと父を拒絶していた。
その、父娘(おやこ)の間に雪がいる--。
消息を絶ったといわれ、それもまだ現実感がない。
「お母さんを救えなかったお父さんなんて――」
娘の口からは拒絶の言葉しか出なかった。そうして真田の呼び出しに、「すまん」と告げて、それでも古代は行くしかない--それが、古代が古代であるから。
おそらくユキも、そう望んだに違いなく……それが2人の間では当たり前のことだった。
失われて初めてより深くそれを知り--だが美雪にそれをわかれというのは酷というものだったろう。
★ 真田が言う。
お前にしかできない――お前こそが人類を救える唯一の人間なのだ、と。
それは買い被りというものだと、古代進は思う。
俺は……俺は。
「ユキ……地獄の底までも君を救いにいく」
古代はつぶやく。
それが、古代の真の想い。ただユキがいたから、地球は地球だったのだから。
☆ その事実を告げられた日、古代はどこかで既視感(デジャ・ヴ)を感じていた。
同じく真田の口から告げられたあの時――小惑星イカルスでのあの時と同じように。
氷の惑星の中へ、高速艇は入っていく。目の前にせりあがってくる懐かしい姿。
その口の中へ入っても――姿形こそ違え、足元からしっとりと彼に馴染んだ。
「真田さん――島?」
「行ってくるといい。これは、お前の艦(ふね)だ」
その後ろで盟友の弟も頷く。
2人の目線に送られて、古代進は一人、中へ歩み行った。
景色は明らかに変わっていた。金属の色、カーヴ。動力部へ行き、ふと触れたくなる。ゆっくりと見渡せば、そこは生まれ変わり、別のものになったとしても、やはりお前はお前――ヤマトという艦(ふね)だった。
(島……徳川さん。……加藤……山本……齋藤)。
格納庫からエンジンルームに向かう中で、過ぎ去った者たちの姿が映る。まるでそこに居て笑っているように。
《また、行くんだろ》
《おう、付き合ってやるぜ!?》
《待ってた。遅かったじゃないか……》
《よう来たな、古代》
ヤツらの笑顔が、親指を立てて笑いかける姿が、汗を拭きながら駆ける姿が、コスモガンを構えて立つ姿が、見えた気がした。
幻聴? そんなはずはなかった。
だが、そこは確かに“新生”ヤマトだった。
再び巡り合えたから。お前に再び――その思いがその手のひらをエンジンに触れさせた。
「こらぁっ!」と若い、元気な声が響き渡り、古代は頭から叱責を受けることになる。
そうしてまた、新しい歴史の一ページが開かれることになった。
☆ 艦橋に足を踏み入れ、沖田のレリーフを眺めた。
(ユキ――)
地獄の底まででも、救いにいく。
だが。
……その前に、まずは地球を救わなくては。
宇宙の平和なくして、地球の平和は無い。
地球の生存なくしては、俺たちの幸せもまた……ありはしないのだ、と。
(美雪――)
いつかはわかってくれる。
そう信じる――お前も、ユキと。そして俺の娘なのだから。
★ 真田が乗れる立場ではないのは、わかっていた。
「--お前ならやれるさ。もともと三代目艦長だったのだろ?」
くすりと古代は苦笑いした。
「ですが、失敗しましたよ?」それは自嘲とでもいうものだったかもしれない。
一度、辞表を書き、自ら艦を降りたこともあった--そうして最後は、戦闘班長として、この艦と別れたはずだったのだ。
その自分が、再び艦長としてヤマトを動かす!? この時期に?
真田には後任の若手がいた――彼が手塩にかけた若者だという。
だがそれだけではない。古代の中に、皆が生きていた。
操縦桿を握れば、島の息遣いと声が聞こえ――
エンジンの唸りを聴けば、徳川(彦左衛門)の声が聞こえ――
コスモパルサーを見れば、加藤や山本の姿がかぶり――
そうしてそれらは皆、新生ヤマトのクルーたちに受け継がれていくだろう。
「お前は乗らないのか?」
古代は最後に島次郎に訊ねた。
彼は明るい目を上げると、いいえと首を振った。
「――私にはここでやることがあります……古代さん」
「ん? なんだ」
「大丈夫ですよ」生意気だとそれを人は言うだろうか。「――兄さんは……兄は。いつも貴方のそばにいて、助けてくれます。ヤマトある限り」
そうなのだろうか。
次郎は、この再生プロジェクトの間中、どんな想いで兄の遺体を呑みこんだこの星と艦に関わっていたのだろう。
「沖田艦長と兄さんの遺体はついに見つからなかったんですよ」
と言っていたっけ。
「どういうことなのかはわかりません--このヤマトも、元のものを再生したわけではないのです。いくらかの破片・残存していた部品・溶け込んで別の物質に変化していたもの・いくつかの遺産を引き継ぎ、あとはほぼ完全な“再構築”です」
だからね、と次郎は言った。
「【ヤマト】というのは、ある意味、“魂の容れ物”なんですよね」
波動砲六連発に嬉々とする気にはなれない。力を持てば持つだけ、さらに力の強い者に叩かれるのが宇宙の必定だと、古代はあの旅から学んでいた。--もしかして。地球がこれだけの科学力を持つようになったから、こんな事態が起こったのではないか、そんな不遜な想いすら抱く。
だが。
もはや巡り巡って、運命の糸は古代をヤマトに引き寄せた。そこから逃れる術はなく、また逃れようとも思ってはいなかった--一度引き受けたからには。
そうしてどこかにあったのだ。
「ヤマトよ--また会えたな」という想いが。
俺は、罪深い。
古代のそれは自嘲である。
だが、そのヤマト=力 を持たなければ、人々を救うこともできなければ、ユキを求めることも叶わなかった。
運命なら。受け入れよう。
再び巡り合えたから。 ヤマトよ、お前と。
失われたはずだった仲間たち、懐かしく、思い出すのも辛いお前たち--そして、あの苦しかった時代(とき)たちと。
そして新しい、仲間たちが新たな艦(ふね)と、俺を支える。
☆ ヤマトはまた発進した。
五たび、地球の運命を背負い、人々を護るために。
サイラム星系・アマール。……そこに古代を待ち受けている運命は?
ヤマトの旅は、また、始まる
--だがそれは、再び終わることがあるのだろうか!?
【Fin】
――23 Jan, 2012
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