「出発--ほんの少しのすれ違い」(4)
[2011.12.24 のアーティクルの続き]
= 4 =
士官食堂、は軍施設の中でもその名の通り、士官しか利用することのできない食堂である。身分がきっちり分かれており、佐官以上でないと通常利用することはできない。島はまだだから本来なら出入りできないのだが、実はヤマトの幹部隊員だった者は、此処へ出入りできる資格を持っており、通常利用しても一向に構わないのである。古代進だけは身分上も何ら問題なく利用できるのであるが、彼は持ち前の性質上、よほど業務上の必要とか一緒に食事をとる相手が上官であるとかの場合以外は、一般食堂の方が落ち着くと言い、ほとんど使っていないことを島は知っている。もちろん島も、使ったことは数えるほどだ。
此処をよく利用しているのは仲間では、長官秘書である森ユキと、いろいろな必要上、出入りすることが多いらしい相原・南部くらいだろう。
軍の施設であるから外からは普通の部屋だが、中へ入ると入口から赤じゅうたんの敷かれた豪奢なつくりである。調度や機能に工夫があるのもわかり、なにより給仕が正装していること、メニューが正餐が頼めること、などいろいろな違いがある。もちろん、普通に来て食事できるメニューもある。
指定された奥のVIPルームへ足を踏み入れると、すでに3人が先に着席していた。島が敬礼をしてから入っていくと中の2人は立ち上がり、席を促す。一人は島が所属する航路管理課の課長であり、この日呼び出した本人である。ありがとうございます、とお辞儀をして着席すると、要件はまぁ食事をしてからにしようといわれ、前菜が運ばれてきた。
座ろうとした時に、座ったままだった相手は島に一瞬、目線を呉れた。好意的な目であったが、島の方はどこかで見た顔だと思いながら相手を思い出せない。明らかに他の年配の2人より地位が高いと思われる彼は、どこかの艦隊司令だろうか。本部には見ない顔である。島より5つ6つ年上だろうか?
「島くん、こちらは是枝大佐――お会いになるのは初めてかな?」
総務課の課長と名乗った人はそう言って彼を紹介した。「君の仲間の古代艦長ほどではないがね、若き出世頭だよ」
「よろしく、島くん」
軽く言って、まぁ食事にしようじゃないか、と言う。
島は素早くその場を見取った。
是枝、いまは大佐か――その名なら覚えがある。
古代進とは知己のはずだ(ヤツから名前を聞いた)。やり手だという。やり手で癖はあるが、頼りになる先任で、現場主義・合理主義・実力主義。俺は気に入られてるみたいだけど、なぁんだか気に食わねぇ……そんなことを言っていたから、かなり気に入っているのだろう。古代が親しみを持っている、ということは、悪い人じゃない。
そこまで頭の中で精査し--となると、もっと年上だな。もうじき准将になるという噂があったが、そうか。
☆
当たり障りのない話をしつつ、島の少しの緊張を乗せて、食事は順調に進んだ。確かに舌鼓を打つ味で、初めて此処のディナーを味わった彼は、「こんどテレサを連れてこよう」と脈絡なく考える。――そういう利用の仕方もアリなのだから。
少し重めの肉中心のメニューをすっきりとまとめるデザートを食べ、食後の珈琲となったところで「さて」と上官が話を切り出した。
是枝が切り出した内容は、島にとっては予測のできないものだった。
「は? 私が、貴方の艦隊にですか」
思わず彼は言い返し、総務課長が咎めるような目線を呉れた。それに気づいたが是枝は、構わんよ、君の意見も訊きたいと思っての場なのだからねと制し、先を促した。
「――君はその若さで現場の実績もある。メインの航路を任せて、安心・迅速・確実な上、緊急時の対処能力もずば抜けている。違うかね?」
島は答える代わりにじっと目の前の男を見返した。
島大介は、自分の宇宙戦士としての能力は、自分ができることとできないことをきちんと理解していることだと考えている。妙に謙遜することもなければ、過剰に自信を持ちすぎることもない。ヤマトを降りればなんといっても公務員だ。日々の勤めをこなすためにはある程度の野心は必要なのである。だが、積極的に出世したいとか、何かの目的があって務めたいというわけではない。――だがいつの頃からか……“宇宙に出たい”。自分がまさかその宇宙戦士特有の病の持ち主だとは。そのために、より有利な条件で、そうしてどうせ仕事をするのなら楽しくしたい、というのも見かけに拠らぬ大介の現実主義だ。さらに現在は、もっと切実で重要度の高い案件がある――。
是枝の評価は妥当で、おそらくそのためのデータも持っているに違いない目の前の人が、何故自分をメイン航路である第8艦隊から外して持ってこれると考えているのかと思った。
「是枝上級大佐は、“第三”の司令になられる」
島の上官が横から補足した。
(第三!?)
第三艦隊は、地球防衛軍の主力艦隊である。第5・第8・第10輸送艦隊がメインのパイプラインであるのと同様、艦隊のメインは第三・第五で、古代の属する第10艦隊なぞは僻地艦隊とでもいえる。まぁ彼はまだ若いのだからこれから、というところではあるのだが。
この若さで第三の総司令に抜擢される、というのは、“大出世”というのに違いなかった。
「その第三艦隊の輸送艦を、私に?」
いや、わが旗艦だ。――と、是枝は言った。
島大介はヤマト以外では戦艦に乗ることは少ない。主に地球のパイプラインといわれる航路を担うことが多く、またそれは幹部たちの意向にもよる。必然、古代や相原らとは現在、別航路を担当している。
現在の第8艦隊では、島は艦長兼操舵責任者でもあった。そこに戻るはずだったのだ。
「戦艦、ということだよ、島くん」是枝は言った。「私の艦の航海長として君を希望している、というのがその意味だ――勤務は第8の方が過酷だと思う。太陽系が平和裏な間は、だけどね」初めて彼は目を上げて島を見据えた。戦闘状態になれば言うまでもないのは誰もがわかることだ。
「だが君には断る権利もある。――通常は、そんなものは無いがね。君の実績が私をその気にさせ、君の現在の立場が、選択権を君に与えている」
「是枝さん!」総務課長が口を挟もうとしたが、手で抑えられた。
複雑な顔をしていた島に、上官が「君の、同居人のことだ」と、優しいと取れないこともない口調で言う。思えば様々な手続きを踏むのに、直接、いろいろな対応をしてくれたのもこの上官なのである。
「――君の、被保護者がどういう方(かた)か、私も知っているうちの一人だ。いや知ったのはごく最近だがね。AAA級のシークレットだから、当然、口外する権利は私にも無いから安心したまえ」
そういわれて、島は本当に安心した。「彼女のためにも、来ないかね?」
島は一瞬、躊躇した。
じっと目の前の空になった珈琲カップを眺めた。
(= 5 = に続く)
【5】で、おしまいです(^_^)♪(たぶん)
士官食堂、は軍施設の中でもその名の通り、士官しか利用することのできない食堂である。身分がきっちり分かれており、佐官以上でないと通常利用することはできない。島はまだだから本来なら出入りできないのだが、実はヤマトの幹部隊員だった者は、此処へ出入りできる資格を持っており、通常利用しても一向に構わないのである。古代進だけは身分上も何ら問題なく利用できるのであるが、彼は持ち前の性質上、よほど業務上の必要とか一緒に食事をとる相手が上官であるとかの場合以外は、一般食堂の方が落ち着くと言い、ほとんど使っていないことを島は知っている。もちろん島も、使ったことは数えるほどだ。
此処をよく利用しているのは仲間では、長官秘書である森ユキと、いろいろな必要上、出入りすることが多いらしい相原・南部くらいだろう。
軍の施設であるから外からは普通の部屋だが、中へ入ると入口から赤じゅうたんの敷かれた豪奢なつくりである。調度や機能に工夫があるのもわかり、なにより給仕が正装していること、メニューが正餐が頼めること、などいろいろな違いがある。もちろん、普通に来て食事できるメニューもある。
指定された奥のVIPルームへ足を踏み入れると、すでに3人が先に着席していた。島が敬礼をしてから入っていくと中の2人は立ち上がり、席を促す。一人は島が所属する航路管理課の課長であり、この日呼び出した本人である。ありがとうございます、とお辞儀をして着席すると、要件はまぁ食事をしてからにしようといわれ、前菜が運ばれてきた。
座ろうとした時に、座ったままだった相手は島に一瞬、目線を呉れた。好意的な目であったが、島の方はどこかで見た顔だと思いながら相手を思い出せない。明らかに他の年配の2人より地位が高いと思われる彼は、どこかの艦隊司令だろうか。本部には見ない顔である。島より5つ6つ年上だろうか?
「島くん、こちらは是枝大佐――お会いになるのは初めてかな?」
総務課の課長と名乗った人はそう言って彼を紹介した。「君の仲間の古代艦長ほどではないがね、若き出世頭だよ」
「よろしく、島くん」
軽く言って、まぁ食事にしようじゃないか、と言う。
島は素早くその場を見取った。
是枝、いまは大佐か――その名なら覚えがある。
古代進とは知己のはずだ(ヤツから名前を聞いた)。やり手だという。やり手で癖はあるが、頼りになる先任で、現場主義・合理主義・実力主義。俺は気に入られてるみたいだけど、なぁんだか気に食わねぇ……そんなことを言っていたから、かなり気に入っているのだろう。古代が親しみを持っている、ということは、悪い人じゃない。
そこまで頭の中で精査し--となると、もっと年上だな。もうじき准将になるという噂があったが、そうか。
当たり障りのない話をしつつ、島の少しの緊張を乗せて、食事は順調に進んだ。確かに舌鼓を打つ味で、初めて此処のディナーを味わった彼は、「こんどテレサを連れてこよう」と脈絡なく考える。――そういう利用の仕方もアリなのだから。
少し重めの肉中心のメニューをすっきりとまとめるデザートを食べ、食後の珈琲となったところで「さて」と上官が話を切り出した。
是枝が切り出した内容は、島にとっては予測のできないものだった。
「は? 私が、貴方の艦隊にですか」
思わず彼は言い返し、総務課長が咎めるような目線を呉れた。それに気づいたが是枝は、構わんよ、君の意見も訊きたいと思っての場なのだからねと制し、先を促した。
「――君はその若さで現場の実績もある。メインの航路を任せて、安心・迅速・確実な上、緊急時の対処能力もずば抜けている。違うかね?」
島は答える代わりにじっと目の前の男を見返した。
島大介は、自分の宇宙戦士としての能力は、自分ができることとできないことをきちんと理解していることだと考えている。妙に謙遜することもなければ、過剰に自信を持ちすぎることもない。ヤマトを降りればなんといっても公務員だ。日々の勤めをこなすためにはある程度の野心は必要なのである。だが、積極的に出世したいとか、何かの目的があって務めたいというわけではない。――だがいつの頃からか……“宇宙に出たい”。自分がまさかその宇宙戦士特有の病の持ち主だとは。そのために、より有利な条件で、そうしてどうせ仕事をするのなら楽しくしたい、というのも見かけに拠らぬ大介の現実主義だ。さらに現在は、もっと切実で重要度の高い案件がある――。
是枝の評価は妥当で、おそらくそのためのデータも持っているに違いない目の前の人が、何故自分をメイン航路である第8艦隊から外して持ってこれると考えているのかと思った。
「是枝上級大佐は、“第三”の司令になられる」
島の上官が横から補足した。
(第三!?)
第三艦隊は、地球防衛軍の主力艦隊である。第5・第8・第10輸送艦隊がメインのパイプラインであるのと同様、艦隊のメインは第三・第五で、古代の属する第10艦隊なぞは僻地艦隊とでもいえる。まぁ彼はまだ若いのだからこれから、というところではあるのだが。
この若さで第三の総司令に抜擢される、というのは、“大出世”というのに違いなかった。
「その第三艦隊の輸送艦を、私に?」
いや、わが旗艦だ。――と、是枝は言った。
島大介はヤマト以外では戦艦に乗ることは少ない。主に地球のパイプラインといわれる航路を担うことが多く、またそれは幹部たちの意向にもよる。必然、古代や相原らとは現在、別航路を担当している。
現在の第8艦隊では、島は艦長兼操舵責任者でもあった。そこに戻るはずだったのだ。
「戦艦、ということだよ、島くん」是枝は言った。「私の艦の航海長として君を希望している、というのがその意味だ――勤務は第8の方が過酷だと思う。太陽系が平和裏な間は、だけどね」初めて彼は目を上げて島を見据えた。戦闘状態になれば言うまでもないのは誰もがわかることだ。
「だが君には断る権利もある。――通常は、そんなものは無いがね。君の実績が私をその気にさせ、君の現在の立場が、選択権を君に与えている」
「是枝さん!」総務課長が口を挟もうとしたが、手で抑えられた。
複雑な顔をしていた島に、上官が「君の、同居人のことだ」と、優しいと取れないこともない口調で言う。思えば様々な手続きを踏むのに、直接、いろいろな対応をしてくれたのもこの上官なのである。
「――君の、被保護者がどういう方(かた)か、私も知っているうちの一人だ。いや知ったのはごく最近だがね。AAA級のシークレットだから、当然、口外する権利は私にも無いから安心したまえ」
そういわれて、島は本当に安心した。「彼女のためにも、来ないかね?」
島は一瞬、躊躇した。
じっと目の前の空になった珈琲カップを眺めた。
(= 5 = に続く)
【5】で、おしまいです(^_^)♪(たぶん)