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2010_04
08
(Thu)23:17

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【第一報・・・星の彼方より】(08)
【第一報・・・星の彼方より】(08)

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= 7 =
 家を走り出て小さな森の角を曲がり、街灯を過ぎて駅の方へ向かう途中で大輔は美雪に
追いつき、その腕を捕らえた。
野生の猫みたいな。本能的に、追い詰めたら逃げられてしまう、と思ったのだ。
 誤解を解きたかった――いや、誤解じゃないかもしれないけど。
だが自分はけっしてカッコつけで軍隊に入ったわけでも、父さんや母さんに強制された
わけでもない。ましてや、人をどうこうして縛りつけたり地位や権力がほしかったわけ
じゃない……。
 あの惑星で生きていくことは、そもそも自分で選んだことじゃない――地球を捨てる。
つまり宇宙で生きることを選んだ。その時に、受身じゃなくて……父さんや母さんや、
大人に任せていくんじゃなくて。自分の手で、選んだと思いたかったのだ。
自分自身の生きる場所と、未来を。
 まだ少年の大輔が、そこまで論理的に考え、それを説明できるわけではなかった。
だが、軍に入ったのは大輔自身の意思――尊敬する、父や母や――そして、古代さんの
影響。

 「美雪ちゃん…」
公園の端――賑やかな方とは反対の海の見える一角に2人は居た。
「やめてよっ。離して。……あんたの顔なんか、見たくない」
振りほどこうとしたがムリだった。
 強い力で押さえているわけではない。だが、少年の細い手は思いのほかがっちりと美雪の
腕を捉え、振りほどくことは叶わなかった。彼女は驚き、びくりとして動きを止めた。
――あんな小さくて。泣いてばかりいた男の子が。
 「痛い。――離してよ。触らないで」
あ、ごめん。という声がして、大輔は目の前に済まなそうに立っていた。
「……あの、ごめんね。乱暴にするつもりはなかったんだ、本当だよ」
何、言い訳してんだ、と思いながら言葉を継ぐ。「――急に1人で飛び出したら危ないよ」
余計なお世話よ、という声が聞こえた気がしたが、そのままくるりと美雪は背を向け……だ
が、今度は逃げ出そうとはしなかった。

 「あの…ね。美雪ちゃん。座らない?」
大輔は海に向かったベンチを指した。寒いというほどの気候ではない。一時の感情で飛び
出してはみたものの、どうしたかったわけではない美雪は、
「あんたなんかと話すことなんて、無い」
そう言ってぷい、と向こうを向いたが、素直にベンチに腰掛けた。
 その横に、おずおず、と体が触れないようにして大輔も座る。
 「あの、ね――美雪ちゃん……って呼んでいいかな。それとも、“古代さん”って言った
方が、いい?」年頃の女の子である。
「……い、いいわよ。美雪で。古代さんって、なんかそれ、イヤミだし」――イヤミだし。
 本気でそう思っているわけではないのだった。
「古代さん」という呼び名は、ほとんどの場合、固有名詞で“古代進”を指した。
母親の雪も人によって「古代さん」と呼んだが、秘書官の仕事中は「森」のままだったし、
親しい人は「雪さん」と呼ぶのだ。

 少年少女の間に、しばらくの沈黙が落ちた。
 夕陽が落ちようとしている。その反射で、海は真赤に染まっていた。
「――あの。あのね、僕」なによ、という風に美雪が身じろぎしたので、大輔は口ごもった。
どう話していいのかわからなかった。
――大人の女の人相手や、同級生たちとなら平気で話せる大輔である。この年代にありがち
な女性への照れをあまり持たない。それは大輔の生来の人懐こさであり、加藤四郎のまさに
息子だからなのだろう。
 「古代さん――古代司令が、軍をお辞めになった、なんて知らなかったんだ。……それに
今、貨物船で地方に行ってるんだって?」
「敬語なんて使わなくてけっこうよ――あんなひとっ」
ふい、と顔を逸らすように、美雪は言った。
「あんな人って……お父さんじゃないか」
「うるさいっ。あの人は、私たちの父親をやめたの。1年も前にね――お母さんのことも、
地球のことも、私のこともね。もう、どうでもいいんだって」「莫迦な」
 大輔は信じられなかった。あの、優しくて大らかだった古代さんが。愛してる雪さんと美雪
ちゃんを捨ててしまうなんて、あり得ないと思った。それに、そう信じてもいる。
「――だから、もう“司令”でもなんでもないわよ。ただの草臥れたおじさん。それも宇宙に
憑かれた、可哀想なひと。――地球には居場所がないんだって。宇宙の海じゃないと生きて
いけないんだって。私たちなんか何の価値もないの」
だんだん激昂してきそうになって、声が震えているのは、もう少し話すと泣いてしまうから
かもしれず、美雪の言葉は、そこでぱったりと途絶えた。

 「……ココスのこと、どのくらい知ってる?」
また沈黙ののち、大輔はそう静かに切り出した。
手を伸ばしてその指に触れてあげたいと思ったが、また撥ね退けられた気まずいと思って
やめにした。だけど、自分が軍人だからって嫌われたくはなかった。
そっぽを向いていた美雪が、「そのくらい。知ってるわ…」とつぶやいた。「3年前に独立
した地球人種の植民惑星系。……将星トランザムとその衛星とコロニー。それから惑星マー
メイド、なんとかっていう衛星と三つが連合して一つの星間国家を作っている。そこに加藤の
小父さんと小母さんは、開拓部隊として派遣されて――そのまま残った。地球を捨てて」
「――捨てたわけじゃ、ない」
「同じよっ。あなたたちも。あの人もっ! 勝手にどこでも行けばいい」
「美雪ちゃん…」

 聞かなくてもいいから、といって大輔はゆっりと話し始めた。
少年の話し方は器用とはいえず、言葉も足りなかったかもしれない。だがその一所懸命話す
真っ直ぐな気持ちは、美雪にも届いていく。
 惑星マーメイドのこと。地球の自然がどれだけ素晴らしいかっていうこと。父も母も、
どれだけ地球を愛しているか、ということ。そうして何故自分が軍に入ったかということ。
「――マーメイドでは。働ける人たちは徴兵の代わりに2年間の就労義務がある。僕はその
代わりに先に入隊した。少しでも役に立ちたいから」
自分の居場所が欲しかったのだと。
 それを聞いた時に、美雪のかたくなな態度が少し崩れた。
 美雪ちゃんは、何になりたいの? どうするつもり? これから――そう問うと、彼女は
初めて顔を上げてまっすぐに大輔を見た。
「――私はね。獣医になりたいの。動物と植物と――そうして一緒に生きて居る地球のみんな
と助けたり、助けられたりして、暮らすのよ」
「獣医――? え、じゃ。まさか……」
美雪はそうしてにっこり笑った。
「そう。もう少ししたら、佐渡先生の処に、お手伝いに行かせて貰えることになってるの」
それは嬉しそうな笑みで、大輔は美雪を、やっぱりとてもきれいだな、と思った。――雪
さんもきれいだけど。ちょっぴり美雪ちゃんの方が美人かもしれない。そんな風に。



(…(09)へ続く)

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