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【第一報・・・星の彼方より】(09)
【第一報・・・星の彼方より】(09)
【前のお話】 (01) (02) (03) (04) (05) (06) (07) (08)
= 8 =
日が落ちれば海沿いは急に気温が下がる。
明かりも疎らな場所なので、大輔は美雪と一緒に家へ戻った。
立ち上がって促すと、美雪ももう怒ってはいなかった。
「でも、やっぱり軍人は嫌い」そうボソりと言っただけで。
「……地球と違うってことも、仕方ない、こともわかってる。そこまで子どもじゃない」
負けん気のように、そうは付け加えたが、
「いいよ。僕のこと嫌わないでくれたら、それで」そう言う大輔だった。
すっかり暗くなっちゃったね、と言って戻った家では、雪が夕飯の支度を
して待っていた。
「遅かったな。探しに出ようかと思っていたところだ」次郎にそう言われて
「ごめんなさい」と先に大輔が謝った。
自分の力足らずでということなのだろうが、それはあまりにも不遜というものだ。
「――大ちゃんっ。あんたが謝ったら私が物凄く勝手な子みたいじゃないっ。
ごめんなさいを言うのは私よ」キッと見られて、
「あ、ご、ごめん…」と口ごもり大人たちの笑いを誘った。
「ごめんなさい――失礼をしたわ」
大人びた口調でそう言った美雪は、母親の視線に出会うと、
「お腹、空いちゃった」と言って雪の隣に座り、ぺろりと舌を出した。
――そういえば空腹だったなと大輔も思う。2人とも青少年なのだ。
「学校は何かあった?」雪の科白に引き出されるように、美雪が学校のことを、
そうして大輔がマーメイドでの暮らしのことを話し、和やかに夕食の席は進んで
いく。時折、雪の瞳に重い蔭が兆したが、それに気づいたのは島次郎だけだった。
それは彼が雪の元に持ち込んだ依頼と関係がある。
――わかりました、お返事は少し待ってください。考えさせて。
そう答えた雪なのだ。美雪にも言わなければならない――だが。まだ早いのでは
ないだろうか、今は、まだ。
☆
料理は美味で、大輔は久々の“地球風の家庭料理”に舌鼓を打った。
――うわぁ、美味しい。父さんも料理は上手だけど、2人とも忙しくてほとんど
うちは勝手にやってるから。いいな、美雪ちゃん。お母さんの料理が食べられて。
そんな風に言うと、美雪はまたふん、という顔になった。照れたのかもしれない。
なにせ育ち盛りの男の子だ。美雪も元気な娘で、よく食べる。
「あらあら。たっぷり用意したつもりだったけど、足りなかったかしらね――あと
でデザートでも出しましょうね」そう言う雪である。
久々に心和む団欒だった。――愛情も、つながりも。
娘・美雪が理解し得ない処でも、雪と夫の間には深い信頼が横たわっている――と
はいえ。旅立って早8か月近くが経とうとしているのだ。
こんな明るい食卓は久しぶりだった。
★
加藤大輔は、翌日から科学局に一緒に出勤することになった。
とはいえ自由な身分だ。時間に決まりがあるわけでなく、一日一度報告を入れ
さえすればあとは自由行動。真田と島が、大輔が動きやすいように便宜を図って
くれたにすぎない。
「あちこちも見てきたらどうだ? ――観光したければパスも出すよ」
と島さんは言ってくれたけれども、ともかくまずは来た目的を果たさないと。
古代進の現状については、母娘から聞き、そうして戻ってから真田さんから
詳細を聞いた。最初に真田さんから状況説明を受けなかったは、(彼が忙しい
ということもあったが)まず家族に――中でも美雪に逢っておきたかったからだ。
そうしてそれは、正解だったと思う。
「これ、預かってください」
持ってきた包みを、ある夜、真田に預けた。古代進に直接渡そうと思い、預け
ていかなかったものだった。
「――必要な時が来たら、古代さんに、真田さんから渡していただけますか」
真田はふっと笑うと
「お前が自分で渡したらどうだ?」と言ったが、真剣な大輔の目に合うと
「……わかった。私が、責任をもって預かる。それでいいな」
はい、と彼は返事をした。
☆
美雪は中学校に通いながら、課外活動としていろいろなことをやっているよう
だった。勉強も忙しい時期だし、雪も多忙である。だが母娘は仲良く、真田が
帰りが遅かったり帰らなかったりすることもあって、大輔の訪問は数度を重ねた。
動物パークへも連れて行ってもらった。
今年から美雪が見習いで来ることになっている、といった佐渡酒造の施設である。
家から近くはなかったが、美雪は熱心に通うつもりでいる。そしてそこで大輔は
驚くべきもの――ヤマトの初代からの戦士だったアナライザーに会うことになる。
「カトウサンノ息子デスカ? イヤマアソックリダ。オ会イデキテ嬉シイデス、
ヨロシクナ」と、かなり偉そうなロボットではあるが、自分よりも相当に年上
なのだから相手がたとえロボットといえど仕方ない。母に聞かされていたように、
この一見古いスタイルのヒョウキンそうなロボットが、頼りになる仲間であり、
戦友とでもいえる魂の持ち主だというのだ。
だが目の前でぴかぴか光っている赤い物体は、美雪に優しく、動物たちにも
懐かれていた。
★
いつまでいるのか。何をすべきか――大輔にその答えがあったわけではなかった。
だが島次郎は翌週にはまた機上の人となり、地球の反対側へ出かけてしまった
し、出入りを許された科学局の真田の部屋周辺には、その次郎からの連絡や、
各地からの随時上がってくる報告がめまぐるしく蓄積されていく。
そうして真田が言った。
「出張に行く。2~3日だが、戻ったら一緒に出かけるから留守番を頼めるかな」
と出かけてしまった。
(島さんも居ないし、真田さんも居ない。――何しろっていうんだよ)
扱える端末は与えてもらっていたし、軍の訓練所もゲストで使わせてもらえる
ようにはした。とはいえまだ完璧に自分でトレーニングが組めるほどの力量はない
から、設定されたメニューをこなすだけ。
それでも体がなまるのは怖かったので、日に1回は通う大輔である。
母親に厳しく言われていたからだ――1日休めば3日遅れる。特に成長期の今は
大事な時期だから。手抜きするんじゃないわよ、宇宙できちんと働ける男になり
たかったらね。基礎を疎かにしちゃいけない――それは身に沁みて――身についた
習慣ともいえた。
そうして戻ってきた真田が言う。
「大輔――支度はできてるか? 明日、船に乗る――なに、行く先は近い」
「どこなんですか?」
真田は黙って頷いた。
「――お前のよく知っている場所だ。だが、そこで見聞きしたこと、行く先もだ
が。絶対に話してはならん。この私との間でも、だ」
厳しい目でそう言われ、はい、と頷く大輔だった。
(…(10)へ続く)
【前のお話】 (01) (02) (03) (04) (05) (06) (07) (08)
= 8 =
日が落ちれば海沿いは急に気温が下がる。
明かりも疎らな場所なので、大輔は美雪と一緒に家へ戻った。
立ち上がって促すと、美雪ももう怒ってはいなかった。
「でも、やっぱり軍人は嫌い」そうボソりと言っただけで。
「……地球と違うってことも、仕方ない、こともわかってる。そこまで子どもじゃない」
負けん気のように、そうは付け加えたが、
「いいよ。僕のこと嫌わないでくれたら、それで」そう言う大輔だった。
すっかり暗くなっちゃったね、と言って戻った家では、雪が夕飯の支度を
して待っていた。
「遅かったな。探しに出ようかと思っていたところだ」次郎にそう言われて
「ごめんなさい」と先に大輔が謝った。
自分の力足らずでということなのだろうが、それはあまりにも不遜というものだ。
「――大ちゃんっ。あんたが謝ったら私が物凄く勝手な子みたいじゃないっ。
ごめんなさいを言うのは私よ」キッと見られて、
「あ、ご、ごめん…」と口ごもり大人たちの笑いを誘った。
「ごめんなさい――失礼をしたわ」
大人びた口調でそう言った美雪は、母親の視線に出会うと、
「お腹、空いちゃった」と言って雪の隣に座り、ぺろりと舌を出した。
――そういえば空腹だったなと大輔も思う。2人とも青少年なのだ。
「学校は何かあった?」雪の科白に引き出されるように、美雪が学校のことを、
そうして大輔がマーメイドでの暮らしのことを話し、和やかに夕食の席は進んで
いく。時折、雪の瞳に重い蔭が兆したが、それに気づいたのは島次郎だけだった。
それは彼が雪の元に持ち込んだ依頼と関係がある。
――わかりました、お返事は少し待ってください。考えさせて。
そう答えた雪なのだ。美雪にも言わなければならない――だが。まだ早いのでは
ないだろうか、今は、まだ。
料理は美味で、大輔は久々の“地球風の家庭料理”に舌鼓を打った。
――うわぁ、美味しい。父さんも料理は上手だけど、2人とも忙しくてほとんど
うちは勝手にやってるから。いいな、美雪ちゃん。お母さんの料理が食べられて。
そんな風に言うと、美雪はまたふん、という顔になった。照れたのかもしれない。
なにせ育ち盛りの男の子だ。美雪も元気な娘で、よく食べる。
「あらあら。たっぷり用意したつもりだったけど、足りなかったかしらね――あと
でデザートでも出しましょうね」そう言う雪である。
久々に心和む団欒だった。――愛情も、つながりも。
娘・美雪が理解し得ない処でも、雪と夫の間には深い信頼が横たわっている――と
はいえ。旅立って早8か月近くが経とうとしているのだ。
こんな明るい食卓は久しぶりだった。
加藤大輔は、翌日から科学局に一緒に出勤することになった。
とはいえ自由な身分だ。時間に決まりがあるわけでなく、一日一度報告を入れ
さえすればあとは自由行動。真田と島が、大輔が動きやすいように便宜を図って
くれたにすぎない。
「あちこちも見てきたらどうだ? ――観光したければパスも出すよ」
と島さんは言ってくれたけれども、ともかくまずは来た目的を果たさないと。
古代進の現状については、母娘から聞き、そうして戻ってから真田さんから
詳細を聞いた。最初に真田さんから状況説明を受けなかったは、(彼が忙しい
ということもあったが)まず家族に――中でも美雪に逢っておきたかったからだ。
そうしてそれは、正解だったと思う。
「これ、預かってください」
持ってきた包みを、ある夜、真田に預けた。古代進に直接渡そうと思い、預け
ていかなかったものだった。
「――必要な時が来たら、古代さんに、真田さんから渡していただけますか」
真田はふっと笑うと
「お前が自分で渡したらどうだ?」と言ったが、真剣な大輔の目に合うと
「……わかった。私が、責任をもって預かる。それでいいな」
はい、と彼は返事をした。
美雪は中学校に通いながら、課外活動としていろいろなことをやっているよう
だった。勉強も忙しい時期だし、雪も多忙である。だが母娘は仲良く、真田が
帰りが遅かったり帰らなかったりすることもあって、大輔の訪問は数度を重ねた。
動物パークへも連れて行ってもらった。
今年から美雪が見習いで来ることになっている、といった佐渡酒造の施設である。
家から近くはなかったが、美雪は熱心に通うつもりでいる。そしてそこで大輔は
驚くべきもの――ヤマトの初代からの戦士だったアナライザーに会うことになる。
「カトウサンノ息子デスカ? イヤマアソックリダ。オ会イデキテ嬉シイデス、
ヨロシクナ」と、かなり偉そうなロボットではあるが、自分よりも相当に年上
なのだから相手がたとえロボットといえど仕方ない。母に聞かされていたように、
この一見古いスタイルのヒョウキンそうなロボットが、頼りになる仲間であり、
戦友とでもいえる魂の持ち主だというのだ。
だが目の前でぴかぴか光っている赤い物体は、美雪に優しく、動物たちにも
懐かれていた。
いつまでいるのか。何をすべきか――大輔にその答えがあったわけではなかった。
だが島次郎は翌週にはまた機上の人となり、地球の反対側へ出かけてしまった
し、出入りを許された科学局の真田の部屋周辺には、その次郎からの連絡や、
各地からの随時上がってくる報告がめまぐるしく蓄積されていく。
そうして真田が言った。
「出張に行く。2~3日だが、戻ったら一緒に出かけるから留守番を頼めるかな」
と出かけてしまった。
(島さんも居ないし、真田さんも居ない。――何しろっていうんだよ)
扱える端末は与えてもらっていたし、軍の訓練所もゲストで使わせてもらえる
ようにはした。とはいえまだ完璧に自分でトレーニングが組めるほどの力量はない
から、設定されたメニューをこなすだけ。
それでも体がなまるのは怖かったので、日に1回は通う大輔である。
母親に厳しく言われていたからだ――1日休めば3日遅れる。特に成長期の今は
大事な時期だから。手抜きするんじゃないわよ、宇宙できちんと働ける男になり
たかったらね。基礎を疎かにしちゃいけない――それは身に沁みて――身についた
習慣ともいえた。
そうして戻ってきた真田が言う。
「大輔――支度はできてるか? 明日、船に乗る――なに、行く先は近い」
「どこなんですか?」
真田は黙って頷いた。
「――お前のよく知っている場所だ。だが、そこで見聞きしたこと、行く先もだ
が。絶対に話してはならん。この私との間でも、だ」
厳しい目でそう言われ、はい、と頷く大輔だった。
(…(10)へ続く)