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2011_05
30
(Mon)00:15

tit:龍の棲む17 [回天-開戦前夜]

 龍の棲む 【回天-開戦前夜】
= まえがき =
= 0 = 序章
= 1 = 戦闘空域へ
= 2 = ワープアウト
= 3 = 初陣
= 4 = 邂逅
= 5 = 救出・1
= 6 = 拉致
= 7 = 救出・2
= 8 = 救出・3
= 9 = 再び
= 10 = 作戦始動
= 11 = 合流
= 12 = 怪我
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

= 12 =

 先頭を日向が走り、脇を固めながら古河が先導した。
古代は淡々と前を歩き、その背に部下たちは続く。

 「古代さん」――近藤が妙にきっぱりした声をかけた。
岩盤を確かめながら急ぎ下部へ向かうそこは、まったく新しい通路だった。
警戒はされていないのかまたは皆が逃げ去ったあとなのか――じめじめした暗い場所が続くだけで敵らしき気配はない。古代は答えることも振り向くこともしない。
「古代さんっ――艦長!」
珍しく近藤が強い口調で言い、古代はわかっているというように微かに頷いただけで歩みを止めようとしない。「どうした、近藤?」古河がそう言って古代に近づき、その腕をつかんだ途端、鈍い叫び声を上げて古代は横転し、壁にぶつかるようにして転がった。
 「古代っ」「古代さんっ――」
 ばらばらと駆け寄り囲む一同の中、近藤が屈み込んでその震え曲がったままの腕を取る。
そうさせまいとして古代は背を丸めたが、足に何かが触れた途端、苦痛を堪えるような表情になる。
額には脂汗が浮いていた。
「――このままでは、ダメです。腕が……壊死しますよ」
 腕に巻きついたままの拘束縄が腕に食い込み、上からはわからないが古代の苦痛を増していた。
ましてや上腕はおそらく折れている。さらに反対側の足首から先はほとんど感覚がないだろう。
「……こんなになるまで我慢するやつがあるかっ」
鋭い口調で古河が言い、「おい近藤。なんとかなるのか?」と問う。
彼はまっすぐな瞳で古代の腕を調べていたが、
「なんとかこれを取らないと本当にマズいことになります。新しい“作戦”に入るなら、もっとです」
「……そんな……時間は、無い」
搾り出すような声だが古代の意志はしっかりしている。
「艦(ふね)が逃げてはどうしようもない」
「古代さんっ」「古代!」そのまま腕を抱えて起き上がろうとした。厳しい雰囲気であった。

 その頬にピシ、と手が飛んだ。
軽い音だったが、少しでも動かすと激痛が襲う状態になっている古代にはそれでも十分に苦痛だったろう。
「やせ我慢はいい加減にしろ」――そう言うと目で近藤ともう1人に指示する。自分は無線を入れた。
 「こちら古河――アクエリアス副長・眞南さんいるか?」
『こちらアクエリアス――無事なのか』
「あぁ……艦長も皆も無事だ。救援隊は戻ったな」
『イサスに収容――こちらはいつでも動けるぞ』
「現在、第二号作戦に切り替え実行中だ。全艦待機――小惑星から発進する敵機・敵艦隊があれば逃がすな――俺たちが戻るまで持ちこたえろ」
『――難しいが……了解した。古代艦長は? 声をきかせてくれ』
「少々難あり。無事だと信じて貰えばいい」
『わかった……信じよう』

 通信機を置いて古河は古代とそれを囲む部下たちを見下ろす。
「なんとかなりそうか?」
近藤は精一杯の努力をしていた。持っている機材も多くはないし、熱や金属の少々ではビクともしないばかりかさらにそれを締め付けることは実証済みだからだ。
 だが、この縄も幸い“死んで”いた。
 「いじっても締め付ける様子はない――そうですね、古代さん」
要するにこれ以上締まることはないらしいのが救いだった。だがいずれにせよ、このままでは古代の片腕と片足首から先は壊死してしまう。

 「少し、我慢してください……」
慎重に日向が古代の腕と肩を支え、近藤が器具をもってまわりに屈み込む。
衣服を切り裂き開くと、腕の縄は締め付けるだけでなく腕そのものに食い込んでいた。
骨にもヒビが入っており触れただけで激痛が走る。顔色は悪く、貧血を起こしているのは明らかだった。
 口をあけろ、と古河が言い、素直に従った古代は口の中に液体が注がれるのを感じた。
「貧血の増補剤だ。鎮痛効果は無い――戦闘中だからな」
麻酔を使うことはできない。戦闘員なら誰しもそう言うだろう。
 「古代さん、いいですか、いきますよ」
近藤が真剣な顔をして日向を視線を見交わす。
電動メスとバナーを組み合わせて熱と金属で焼き切ることにした。
端で試したところ、ある温度を越えれば脆くなることがわかったからだ。
「やってみるしかない――いずれにせよ腕を落とすかの瀬戸際だ」
「頼む」古代は笑おうとして、失敗した。――だがそれを茶化すような部下はいない。

 皆が背を向けて囲み、敵に備える。
 古代は顎を上げて目を閉じ、激痛に備えた。顔色は真っ青だ。
ここまで走ったことや銃撃戦を繰り広げた(古代ほどになれば銃はどちらの手でも同じように使える)ことで状態は悪化していた。
 拷問を受けていたときよりもさらに酷い痛みに歯を食いしばり、だがそれもなんとか溶けた。
 「これでOK…です。あと、足もすぐですから」
「一種の人工生命体ですね――有機体ではないので反応は反射的なものですが、ニューロンを持っている。それが切断された状態になっているから……つまり死んでいるというわけです」
「生物兵器ではないのか」いいえと近藤は首を振った。
「きちんと持ち帰って分析してみなければわかりませんが、そういうものではない。機械的なものです」
ともあれ動かなければならない。

                 ★
 包帯で固定することも添え木を作るわけにもいかなかった。
テーピングして固定し、骨が外れたりズレないようにだけする。
「これで構わない」
古代は案外に平気な顔をして、部下たちをねぎらうと古河の肩越しに声をかけた。
「行けるか」「あぁ……急ごう。動けるか?」「もう、大丈夫だ」
 だが古河は一抹の危惧を感じている。
(古代の体調を考えれば、あまり時間はかけられんな――)
横で肩で息をついている彼は、普段の古河がよく知っている古代進ではなかった。

= 13 = へ続く)

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