tit:龍の棲む21 [回天-開戦前夜]
龍の棲む 【回天-開戦前夜】
= 0 = 序章
= 1 = 戦闘空域へ
= 2 = ワープアウト
= 3 = 初陣
= 4 = 邂逅
= 5 = 救出・1
= 6 = 拉致
= 7 = 救出・2
= 8 = 救出・3
= 9 = 再び
= 10 = 作戦始動
= 11 = 合流
= 12 = 怪我
= 13 = 隠された宙港
= 14 = 潜行
= 15 = 突入
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
= 15 =
「艦長っ、ありました」
潜めた柴田の声に、日向が走り、古代はそれに続いた。
「よし、行くぞ」
慎重に扉の外から中を覗き込み、パイプの走るそれの中を蠢く影を察知する。
頷き合うと、一瞬ののち、彼らの体は踊り、手近にいた1人を拉致していた。
――地球人だ。少なくともそのように見えた。
ボイラー室の技術員まで、戦闘服に身を固めているわけではないからだ。
それに。
古代にそのアイデアが沸いたのは偶然ではない。この戦艦を見た途端、閃いたものだった。
(――運が、良いのかもしれない)
いや本当に運がよければこのような羽目に陥っているのかどうかは疑問だとあの世にいる親友なら言うかもしれないが、確かにこの状況において、チャンスの一つといえるかもしれなかった。
☆
「……どうしたのだ」
艦橋は明かりが落ち、非常灯が点る状態に陥っている。
艦内温度が一気に下がり、すべての機能が低下しているのだ。
「――針路、保つだけで精一杯です」「あの向こうに敵艦隊が……」
「ひるむなっ。こちらが正義だ。地球防衛軍なぞ、まやかしの政府とその犬どもにいつまでものさばらせておくつもりかっ」
班長のいつもの決まり科白ではあった。――その思想や利権に共鳴して皆、此処にいる。
ただ現在は、そればかりでもなくなっていた。
それはあまりに理想論にすぎ、地球の現在の暮らしを捨ててまで通さなければならない正義とも思えなくなっていたのだ。
人は誰でも――慣れる。
事件も日常になり、戦いも記憶になり、懐かしむことさえするようになるのだ。
虐げられた記憶も、時が経てば風化する――だが。風化しないものもあった。
いまなお虐げられていると感じている者たち。
自分たちが報われていないと思い続けていれば、そのすべてを包括したまま、命がけで護ろうとした者がいたことや、地球や、自分たちが生かされた存在であることも、忘れてしまう――。
自分たちを生かすために、その悲惨な歴史を作った一部である者たちと手を結ぶ……これは“一時的な方便”とされ、彼らの間では、考えなくなっていた。
そのために、一部の者が利権を得ることも、知らされはしないのだ。
「どうした、機関室っ! このままでは逃げ切る前に凍死してしまうぞ」
班長が怒鳴るが、機関室からの答えはない。モニタもざーざーとノイズが走るばかりだ。
「誰か――機関室へ行け。格納庫の連中はまだ見つからんのかっ。早く“処理”するんだ」
☆
ボイラー室の処置を近藤と柴田に任せて古代と日向は中枢を目指した。
こういったことはタイミングが重要である。
――インカムが使えればよいが(傍受されずに、という意味だが)、柴田のことだから無様なことはするまい。
壁伝いに階段を螺旋に上る。駆け上ることはムリで、時折痛みで目がかすんだ。
だが、まだ戦える――古代進はそんなことを思ったことがあったなと、訓練学校時代の“行軍演習”を思い出した。
往々にして訓練の方が厳しかった――実際、自分たちが戦いに出てからは、ヘビーな惑星戦などなく、放射能の下で、そうしてただひたすら戦艦に閉じ込められて宇宙の闇の中、火花の中、戦ってきたからだ。
戦後になってそういった機会も無いではないが――彼はまだ意識はしっかりしていた。
だがふっとまた緩みそうになり「艦長!」ぐっと腕をつかまれて日向に気づいた。
「しっかり、してください――あの上が、エレベータ室なのですよね? そうですよね」
古代は頷くと、「あぁ、そのはずだ」と掠れた声でそう言い、部下の先導するに任せた。
うぃん、と静かな音がしてさらに明かりの明度が落ちた。
日向が古代に明るい目を向ける。近藤がうまくやったようなのだ。
(あいつは技術部員だが――けっこうソッチもイケるな)
内心古代は1人ほくそえむ。ヤマトの先輩である某人――現在は地球を支える1人であるその人を思わせたからだ。
柴田もまた“相原のよう”なところがあり、その意味では頼もしい部下たちといえた。
もっとも柴田の場合は、相原義一に憧れていることを隠しもしないため、行動パターンが似ても仕方がなかった。
古代にくっついて離れないところも。
(そこまで似なくとも良いのだが――)古代は苦笑する。
だが、もちろん年代の違いもあり、個性は大いに異なっていた。
飄々とした柴田のユーモラスなところや暢気さは、神経質なエリート風の相原とは似ても似つかなかったし、近藤はガタイだけみればむしろ戦闘員のようである。
あの太い指先が器用に機械やラインを扱う様が奇跡的な気がするほどだ。
大らかな性質はキレる様が表情にも表れる真田とは対照的ともいえる。
もちろん、近藤にとっても真田志郎は“カミサマ”であって、単純に“憧れる”などという存在ではないのだそうだ。
それに比べれば古代など、ヘタをすれば“たかが艦長”であり、尊敬する上官であることには代わりないものの、むしろ面倒を見なければならぬと心決めているようなところがある。
日向は――。
これまで古代が“腹心”として部下に抱えた中では、どうやら「一番古代進自身に似ている」といわれている。
見かけは若き日の古代よりもずっと頼りがいがありそうに見えたが、「中身がそっくり」――これは昔から彼を知る者たちの共通見解である。
それに関しては日向・古代、双方ともに大いに不満だったのだが……。
「艦長! ここです」
その日向が言って、2人は扉の左右に張り付いた。
「××××!」「××××!!」「▼○××…」
壁に耳を当てて向こうの気配を探る。予測どおり中は喧騒となっており、2人は顔を見合わせると突入のタイミングを計らった。
(――艦長、開けますよ)
電気系統がイカれている今、扉は手で開くかもしれない――そう思って手をかけると、重いながらもそれはするすると動いた。
頷く古代である。
2人は闇の中、豹のように動いた。
(= 16 = へ続く)
= 0 = 序章
= 1 = 戦闘空域へ
= 2 = ワープアウト
= 3 = 初陣
= 4 = 邂逅
= 5 = 救出・1
= 6 = 拉致
= 7 = 救出・2
= 8 = 救出・3
= 9 = 再び
= 10 = 作戦始動
= 11 = 合流
= 12 = 怪我
= 13 = 隠された宙港
= 14 = 潜行
= 15 = 突入
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
= 15 =
「艦長っ、ありました」
潜めた柴田の声に、日向が走り、古代はそれに続いた。
「よし、行くぞ」
慎重に扉の外から中を覗き込み、パイプの走るそれの中を蠢く影を察知する。
頷き合うと、一瞬ののち、彼らの体は踊り、手近にいた1人を拉致していた。
――地球人だ。少なくともそのように見えた。
ボイラー室の技術員まで、戦闘服に身を固めているわけではないからだ。
それに。
古代にそのアイデアが沸いたのは偶然ではない。この戦艦を見た途端、閃いたものだった。
(――運が、良いのかもしれない)
いや本当に運がよければこのような羽目に陥っているのかどうかは疑問だとあの世にいる親友なら言うかもしれないが、確かにこの状況において、チャンスの一つといえるかもしれなかった。
☆
「……どうしたのだ」
艦橋は明かりが落ち、非常灯が点る状態に陥っている。
艦内温度が一気に下がり、すべての機能が低下しているのだ。
「――針路、保つだけで精一杯です」「あの向こうに敵艦隊が……」
「ひるむなっ。こちらが正義だ。地球防衛軍なぞ、まやかしの政府とその犬どもにいつまでものさばらせておくつもりかっ」
班長のいつもの決まり科白ではあった。――その思想や利権に共鳴して皆、此処にいる。
ただ現在は、そればかりでもなくなっていた。
それはあまりに理想論にすぎ、地球の現在の暮らしを捨ててまで通さなければならない正義とも思えなくなっていたのだ。
人は誰でも――慣れる。
事件も日常になり、戦いも記憶になり、懐かしむことさえするようになるのだ。
虐げられた記憶も、時が経てば風化する――だが。風化しないものもあった。
いまなお虐げられていると感じている者たち。
自分たちが報われていないと思い続けていれば、そのすべてを包括したまま、命がけで護ろうとした者がいたことや、地球や、自分たちが生かされた存在であることも、忘れてしまう――。
自分たちを生かすために、その悲惨な歴史を作った一部である者たちと手を結ぶ……これは“一時的な方便”とされ、彼らの間では、考えなくなっていた。
そのために、一部の者が利権を得ることも、知らされはしないのだ。
「どうした、機関室っ! このままでは逃げ切る前に凍死してしまうぞ」
班長が怒鳴るが、機関室からの答えはない。モニタもざーざーとノイズが走るばかりだ。
「誰か――機関室へ行け。格納庫の連中はまだ見つからんのかっ。早く“処理”するんだ」
☆
ボイラー室の処置を近藤と柴田に任せて古代と日向は中枢を目指した。
こういったことはタイミングが重要である。
――インカムが使えればよいが(傍受されずに、という意味だが)、柴田のことだから無様なことはするまい。
壁伝いに階段を螺旋に上る。駆け上ることはムリで、時折痛みで目がかすんだ。
だが、まだ戦える――古代進はそんなことを思ったことがあったなと、訓練学校時代の“行軍演習”を思い出した。
往々にして訓練の方が厳しかった――実際、自分たちが戦いに出てからは、ヘビーな惑星戦などなく、放射能の下で、そうしてただひたすら戦艦に閉じ込められて宇宙の闇の中、火花の中、戦ってきたからだ。
戦後になってそういった機会も無いではないが――彼はまだ意識はしっかりしていた。
だがふっとまた緩みそうになり「艦長!」ぐっと腕をつかまれて日向に気づいた。
「しっかり、してください――あの上が、エレベータ室なのですよね? そうですよね」
古代は頷くと、「あぁ、そのはずだ」と掠れた声でそう言い、部下の先導するに任せた。
うぃん、と静かな音がしてさらに明かりの明度が落ちた。
日向が古代に明るい目を向ける。近藤がうまくやったようなのだ。
(あいつは技術部員だが――けっこうソッチもイケるな)
内心古代は1人ほくそえむ。ヤマトの先輩である某人――現在は地球を支える1人であるその人を思わせたからだ。
柴田もまた“相原のよう”なところがあり、その意味では頼もしい部下たちといえた。
もっとも柴田の場合は、相原義一に憧れていることを隠しもしないため、行動パターンが似ても仕方がなかった。
古代にくっついて離れないところも。
(そこまで似なくとも良いのだが――)古代は苦笑する。
だが、もちろん年代の違いもあり、個性は大いに異なっていた。
飄々とした柴田のユーモラスなところや暢気さは、神経質なエリート風の相原とは似ても似つかなかったし、近藤はガタイだけみればむしろ戦闘員のようである。
あの太い指先が器用に機械やラインを扱う様が奇跡的な気がするほどだ。
大らかな性質はキレる様が表情にも表れる真田とは対照的ともいえる。
もちろん、近藤にとっても真田志郎は“カミサマ”であって、単純に“憧れる”などという存在ではないのだそうだ。
それに比べれば古代など、ヘタをすれば“たかが艦長”であり、尊敬する上官であることには代わりないものの、むしろ面倒を見なければならぬと心決めているようなところがある。
日向は――。
これまで古代が“腹心”として部下に抱えた中では、どうやら「一番古代進自身に似ている」といわれている。
見かけは若き日の古代よりもずっと頼りがいがありそうに見えたが、「中身がそっくり」――これは昔から彼を知る者たちの共通見解である。
それに関しては日向・古代、双方ともに大いに不満だったのだが……。
「艦長! ここです」
その日向が言って、2人は扉の左右に張り付いた。
「××××!」「××××!!」「▼○××…」
壁に耳を当てて向こうの気配を探る。予測どおり中は喧騒となっており、2人は顔を見合わせると突入のタイミングを計らった。
(――艦長、開けますよ)
電気系統がイカれている今、扉は手で開くかもしれない――そう思って手をかけると、重いながらもそれはするすると動いた。
頷く古代である。
2人は闇の中、豹のように動いた。
(= 16 = へ続く)