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2011_07
26
(Tue)22:51

『太陽に灼かれて』

 …思えば此処は、「舞台」とか「パフォーマンス」というカテゴリを作ってないんだなぁ。私自身はものすごく「板の上のヒト」で、いや実際自分が乗る方じゃなくて観るの専門だけど(今は)。

 本日中に片付けなければならんものが絶対にあったので、無理くり仕事場に戻ってきたんだが「やる気にならね~(;_;)」というので、感想でも記録しておこう。このまま忘れっちまうのは勿体無いすからねぇ。てことで、昨日見た舞台の話。

 ここんとこ、自由時間があんまりにもないのと休みというものが存在しないので、ストレス解消と言ってはあっちの友人・こっちの知人と誘い合わせて観劇・映画・コンサート・ダンス等である。もちろんチケットも取れにくいので、仕事を兼ねたコンサートの優先順位は高くなるし、「今日は無いぞ~」と喜んでいたら、「あう、浜離宮行かねば・銀座行かねば」ってことはしょっちゅうだけどもさ。

 昨日のは以前から楽しみに楽しみにしていたお芝居。現在、天王洲アイルの銀河劇場で上演中の『太陽に灼かれて』。人気俳優・成宮寛貴くんvs鹿賀丈史+水野美紀、という。あとは脇も実力派オンパレードの、、、まぁ結果からいうと“大当たり”のお芝居でした。

 成宮くん狙い(笑)だったんですよねー。
 行ってから気付いたんですが、私って“ストレートプレイ”って超久しぶり、、、というよりも、シェークスピア以来、観てねーじゃん。ストレートのつもりで行った『時計じかけのオレンジ』は、パンク・オペラってことで、歌や踊りがけっこう多かったですし(<でもストレートの範囲に入れてもよいかもですけど)。

 ということで、始まる直前は客席で、けっこうドキドキ。
 あぁそういえばこの間、ドイツ演劇祭での来日公演『野鴨(のがも)』を観たなぁ。それ以来か(これも素晴らしいお芝居でしたが)。
                      ・・・
 日本人が外人名前のキャストを演じる……というのは、まずここで一つ壁がある。不自然にならなくするためには。そこで登場人物たちが歌ってる歌や口ずさむなにかが、文化的に違和感があったりするとダメでございます。ところが、演出は栗山民也さん。ふむふむ、私、この方はとても好きなのでした。

 ストーリーもスタッフも行ってから知る、という体たらく(笑)。
 ヤマトなお友だち2人と言って、事前のおしゃべりもけっこう楽しかったけど、さすがに予習済みな一人と、アバウトなわたし。性格出てるぜぃ。

 ということで、
 『太陽に灼かれて』(Утомлённые солнцем)

 名匠ニキータ・ミハルコフによる同名の映画の舞台化作品。すでに英国でも2009年に舞台化されていて、それの本邦初だそうでした。
 ストーリー見て、なぁんだ。
 すっごい私向きの芝居じゃん? しかも、主人公ミーチャ=成宮くん は、ピアニスト(?)の設定。幼馴染で三角関係の根っこにいるマルーシャ(水野美紀)は、著名指揮者(=ミーチャの師)の娘という設定。時代の背景と、彼らの社会的地位&その没落を表現するために、同じ時代の音楽が効果的に使われている(さすが!の使い方であります)。
 時代はスターリン時代のソ連。大粛清が行われていたさなか、という時代背景があって、それに翻弄された家族と主人公たち、またその中でのヒトの気持ちとかを描いていて(けっして“歴史もの”ではない)、すっごく個人的には良い台本だと思った。感動~~。

 ところで。
 感想を書こうと思ったら、これってもしかして私たち行ったの、「上演2日目」なんですねぇ。まだまだ続く。それにしては相当に完璧だったような気がするのは気のせい? 芝居はやっているうちに変化していきますし、またそれもある種、楽しみでもあるのですが、私はこのくらい出来上がったものも好きです。

・・・ここからはネタばれが含まれるかもしれませんので、見に行かれる等の方はご注意ください。




 いやぁ、素晴らしかったです。役者さん上手いし。舞台は美しいし。光はキレイだし。
 せりふ回しはときどき気になったけど(<これは好みだろう)、身体の動きや表情やなにかもすばらしいなぁ。ただただ物語に入っていけばいいのって素敵な気分ですねぇ。

 音楽の使い方が秀逸だと思いました。これも好みでしょうか。
 あの時代、プッチーニやヴェルディって最新流行のオペラだったわけでしょ。ヴェルディはソ連時代になってから新劇場に招かれて有名オペラの初演なんかも行っていたわけですし。中産階級にあった時代が忘れられない老人たちが、プッチーニ「蝶々夫人」の中の「ある晴れた日に」の有名な一節を歌う。秘密警察の仲間が、ミーチャのオーケストラの“同僚”と偽る時に口ずさむのが、チャイコフスキーの交響曲第5番。その超有名フレーズで…だけれどもこの曲。実はロシア民謡から取ったメロディなんですね。ロシア人民なら皆、知っている。
 そういった部分にも、労働者諸君とその軍隊であるボリシェビキと、エリート階級であるミーチャの一家の対比が語られる。

 終わりが見え始め、彼の訪問目的を不安の中に感じつつ、ミーチャへの愛情も捨てきれないマルーシャは、彼に本当の今の姿を尋ねようとする。それを示唆する夫・コトフはその時間を2人にわざと与える。
 ミーチャは少しも本当のことは言わない。だけど、ピアノでその時奏でた音楽を聴いて、思わず泣きそうになりました。『トスカ』の中の「星は光りぬ…」。裏切りに遭って政治的な理由で抹殺されようとする恋人・カヴァラドッシが涙の中から恋人を歌う歌。有名なテノールのアリアだったりとか。

 作中で、マルーシャの父はラフマニノフの友人だということにもなっている(同時代ですから、さもありなん)時代と作曲家と、音楽と、文化的背景。彼らの心情を、言葉でなく示すことができる。わからなくともその場面にぴったりした音楽として感じられるんだからそれもいいんじゃないか、とも思った。
 もちろん演じているヒトたちは皆、わかってやっているわけなんですよ。だから、言葉にならない芝居がとても多くて、それがとても雄弁だった。余分で過剰なものがない。いいなぁと思う。

 成宮くんは最初は登場しないから、登場して扮装を取ったときはある種の衝撃。鹿賀さんの存在感や上手さは非凡だと思うけど、彼もある意味、凄いなと。

 実はたまたま今日、仕事で遭ったヒトに、「昨日、成宮くんの芝居を観た。物凄く上手いんだね」と言ったところ、一緒に仕事をしたことのある彼は、「彼は観客の前に出ると、ものすごく変化する」と言った。「いろいろ欠点はあるけど頑張っていたし(<一緒にやってたときのこと)、魅力がある役者だ」と言う。「舞台に上がると良いんだよ、なぜかわからないけどね。個性的だし」と、彼にしてはべた褒め。そ~だよなぁ、と思った次第。
 立ってるだけで美しいです。
 鍛えられた均整の取れた体、というのでしょうか。撮ってみたいなぁ、、、(<をい)、と思わせられました(実は、×栗くんを撮りたい、とはあまり思わないんだよね。一級のフォトグラファさんで撮られた写真、見せていただいた方が嬉しいです、はい)。

 ということで、非常に行き届いた芝居だったという気持ちがします。終わってもあまり語ることがなく、静かに抱えていたい感じ。よいものを観たなぁ、って。今日もまだ余韻が残っていて、良い気分で酔えました。 

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