tit:龍の棲む28 [回天-開戦前夜]
= 0 = 序章
= 1 = 戦闘空域へ
= 2 = ワープアウト
= 3 = 初陣
= 4 = 邂逅
= 5 = 救出・1
= 6 = 拉致
= 7 = 救出・2
= 8 = 救出・3
= 9 = 再び
= 10 = 作戦始動
= 11 = 合流
= 12 = 怪我
= 13 = 隠された宙港
= 14 = 潜行
= 15 = 突入
= 16 = 占拠
= 17 = 過去
= 18 = 戦闘開始!
= 19 = 入電
= 20 = 回天
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後には古代進・守父子(おやこ)だけが残された。――
椅子の上で身じろぎもしない進と、じっと立って一点を見つめている守。
父親の方が先に表情を崩した。
「……よく、やったな。初陣の勝利、おめでとう」
古代守には言いたいことがたくさんあった。
怒り、安堵、そうして安心と喜び。それらが交錯し、また(めったにないことだが)自分と相手の立場も混乱して、そのままだったのだ。
――無事だった。これまでならどんな場面でも、父は息子をかき抱き、彼はその父の腕に包まれることを躊躇したことなどなかったのに。
「どうした? 艇長兼作戦リーダーとして、存分な働きをした。よく統率し、作戦を成功させた。初陣としては立派な士官ぶりだったと聞いている。――だから、おめでとう」
そうだ、初陣だった、と古代守は改めてその実感を感じていた。
古代進を守れる男になりたい。
防衛軍に身を投じた理由として、それが最も大きかった。
まさに初陣でその機会に恵まれ(?)たこと、感謝しなければならないのだろう。
確かに、守れた。彼は無事、目の前に居る――だが。だけど。
「古代司令……」口をついたのは低い声のつぶやき。
「……私は、怒っているんです、わかりますか」他人行儀な言葉が出た。
訓練学校へ入ると、親子兄弟だろうが地位が違えば上官下士官である。
ましてや“雲の上の人”古代進――こうした口調に慣れて、もう何年にもなる。
母がその場にいたら驚いたかもしれなかった。
「……守」
今度もその“約束”を破ったのは父の方だった。
「勘弁してくれ――心配をかけた。済まない」
素直に彼は頭を下げる。守は怒りと動揺で、何故か、今頃からだが震えてきた。
「……ひどい、よ」
古代が顔を上げたとき、息子は顔を伏せ、手を震わせていた。
「――どれだけ。僕たちが、どれだけ、心配したと思ってるんだ。いくら父さんが危地に強いからっていっても――僕たちは全滅したって父さんを助けなければならなかったんだよ? 自分でゲリラみたいな真似するなんて。艦隊司令だろ? 父さん」
「……」
古代は初めてゆっくりと笑った。
――息子に叱られたのが嬉しかったのだ、といえば、また守の怒りは倍増するだろうか。
「――大きく、なったな」
「ふざけないでっ」
「……ふざけてなど、いない。お前は立派な艇長で、艦隊のリーダーの一人で、立派な、宇宙の男だ。それを喜ばない親父がいるか?」
「――僕は。僕は、父さんが無事ならそれでいいんだ。……だけど、貴方の勝手な行動で、どれだけの人が心配したと思ってるんだ」
くすりと古代は笑い、すまんすまん、と言いながら椅子からゆっくりと立ち上がった。
慌てて守は彼に近づく。
怪我してんだろ? そうして腕を取って、もう一度椅子に座らせる。
「――守。お前こそ無事でよかった。私の無茶な行動で皆を混乱させたのなら、済まん。だが、私にも使命があった」
(わかってる――だから)
誰よりも、それについてはわかっている古代守なのだ。
それでも。もっとほかの方法はないのか? だが、こういったときに、そう動くからこその古代進なのだと。
――守は母・ユキの気持ちがいまさらながらによくわかった気がするのである。
「守――抱かせてくれ」
すいと手を伸ばし、守はその腕の中に包まれた。
「大きくなった……立派になったな。もう、私がお前を頼りにしてもいいようになったんだな――」
「父さん……」
ぎゅ、と抱きしめられて。もう何年ぶりのことだろう?
はっと気づいた。古代は守が訓練学校に正式入学してから、こういう行動を取ったことは無かったのだ。
そういうことにも今、初めて気づいたのだった。
「嬉しいよ……だが。俺がこういうこと言うのは矛盾してるからな、内緒だが…」
古代の声は少しかすれているようだった。温かさが体にしみた。
「――死ぬな。初戦を成功させた、なんていうのが一番危ない。お前自身もだが、大切な人を失うことにもなる。臆病でいいんだ――慎重でいろ。それが良い上官だ」
「父さん!?」
古代進がそんなことを言うなんて、意外だった。
「死ぬな――生きて、無事で務めてくれ。私や、母さんを悲しませないで」
「はい……」
守は手を伸ばして父の背中に触れた。大きな、追いかけているときは果てしなく遠く、大きな背中だった。
いま、こうして向き合うことも触れることもできる背中だった。
★
古代は丸2日ほど養生すれば大丈夫だというので、その夜だけ守はそこに同宿することにした。
日向と古河が戻ってきたときは、テーブルを挟んで仲良く酒を酌み交わす2人の姿があった。
「艦長っ! まだお酒はダメですっ!!」
日向が慌ててつかつかと近づき、グラスを取り上げる。
「おぅっ!? いいだろ? 息子の凱旋祝いだ。1杯くらい飲ませろ」
「だめですっ。1杯なんてもうとっくにお飲みになったでしょ?」
ね、と守の方を向いて日向は言う。守も苦笑して頷いた。
良い人々に囲まれている父だった。
「なぁ守。こいつはお前より口うるさくておせっかいなんだ。人の面倒ばっかりみてないで、早く嫁でも世話してやれって言ってんだが」
「艦長ぉ~~。そんなこと仰っても出ていきませんからねっ。俺は、皆さんによぉっく見張っててくれって頼まれてんですから」
「――それが率先して艦長と一緒に飛び出してんだから世話はねぇや」
古河に茶々入れられて、泣きそうな顔になった日向である。
わはは、と笑いながら、
(父さんの下で働くっていうのもいいな――キツそうだけど)と思った守である。
だが自分は絶対にそういう立場になることはない。――この命令を与えた風間巳希もそうだったが、遠くから見守り、いざとなった時に守れる立場でいること。
その方ができることが多いと思うからだ。
(――日向さん、頼みます)
こっそり胸の裡に言って、飛ばした目線が、たまたま日向と合った。
――通じた、のかもしれない。守より少しだけ年上の彼は、微かに頷いたような気がしたからだ。
目に光があった。
無事は伝えた。
報告書も簡単だが、送った。作戦は成功だ――。
だが、詳しく逢って話さなければならない人々がいる。皆、彼らの無事を祈っている者たちだ。
母・ユキにはどこまで話しても良いのだろう? いやきっと、何も言わずにおくのかもしれない、と思う。
父が話すだろうから。
風間少佐――自分を信じ、擁護してくれる先達。そうして父を遠くから護る人。
あの人には、伝えておかなければならないことがたくさんあるような気がした。
古代守は、近づいてくる時代の足音を確かに聞いている。
宇宙にうごめく不穏な気配と、地球の周りでのざわめきを。
銀河系へ出向く時期が来ているのかもしれない――遠く、彼方へ。
父(かれ)や、大切な人々を守るために、自分はより遠く、宇宙へ向かうのだと。
それは守の直感だった。
(= Epilogue = へ)
すいません、まだ終わりません(_ _;)…あと1回です。