KY100-78・1
古代進&森雪100題, shingetsu版
36.古代くん!
65. 海へ
78. 温泉
・・・・・
【78. 温泉】
= 1 =
古代進は久しぶりに地球へ帰還した。
ハンディケースを持ち、いくらかの雑務をこなして最後に一通りの報告事項に目を通すと、艦長室を後にする。――この瞬間の気持ちというのはなんともいえない。
ほっとするというのでも、名残惜しいというのでもないが。繰り返し、繰り返し……何年経っても、慣れるわけではないのだろうとも思う。
「艦長、お先に」
「よい休暇を!」
「……失礼します」「お疲れさまでした」
すれ違う部下たちが、敬礼し、だが声をかけていくのは古代艦の特徴でもあったろうか。
(貫禄、足りないのかな…)
と時に思わないでもないが、いつもむっつり難しい顔をして、雲の上に居るだけが艦長のスタイルでもあるまい、とこのごろは古代も割り切っている。
副官や艦橋要員よりも若くて、現場の戦闘員たちと同年代で。からかわれたり笑い合いながら宇宙を飛ぶ艦長がいたっていいだろう――なんてな。言い訳かな。
上の世代が地球存亡の戦いで失われて久しい――だから、各基地や現場の責任者は同世代前後も多くて――
「古代!」「よぉ、久しぶりだな」……気軽に声をかけあい、呼び捨てにする仲の者も多いのだ。
訓練学校のつながりもあるし。
――いざ事が起これば皆、瞬時に従い、古代ならなんとかしてくれるだろうと信望されるカリスマ……そんな自覚がないのも古代進本人だけであろう。
「艦長――お疲れさまでした」
そう言いながら隣に並んでくるヤツがいた。
ここまで図々しいのはさほど多くない。今回、借り出されて戦闘機隊長を務めた加藤四郎である。
「珍しいですね、このまま休暇ってのは」
「あぁ――ちょっとな」
本部勤めを3日、次の出航の手当てをし、その準備までの間を休暇に当てる。
それが古代艦長の通常のスタイルだが――今回は、降りてそのまま休暇に入る。
「ユキさんと、デートですか?」
ん? と見る顔が笑っている。
「あ?……阿呆。あいつらは火星。しばらく戻って来んさ」
地球へ戻る楽しみといえば、家族と過ごすことが一番であるのは宇宙の男とて例外ではない。
ましてや幾つになっても“究極のカップル”という印象から逃れられない古代進とユキ夫妻。
1子に恵まれてもそのお熱さは噂を呼ぶ――ほどである。
それに憧れる女子たちも、ただし“めったに会えない”という“宇宙戦士との恋の成就”という現実に目覚めると躊躇するのがほとんどではあるのだが――。なかなか難しい時代になったものだ。
加藤も恋人と小旅行に出ると言っていた。めったにないことだが休みがぴったり合ったそうで、さらに珍しいことに“恋人からのお誘い”なのだそうだ。ヤツがすっ飛んでいくのも仕方ないというものだろう。
(あいつらこそ、“宇宙一ラブラブってやつ”じゃないか?)と古代はこっそり思うのだが。
★
古代進はそのまま宙港前からエアタクシーを拾うと、さほど遠くないセキュリティハウスの前へ付けた。
そこで制服を脱ぎ、ラフな格好に着替えると用意してあったらしいバッグを肩にかけ、バイクにまたがる。
(久しぶりだな――〔これ〕に乗るのも)
バイクといってもエアーバイクではない。昔ながらの、車輪で走るものだ。
古代はこれが趣味で、同じように“オタク”といわれながらいじるのも乗るのも好きだった故・加藤三郎と一緒に、けっこう話し合ったり飛び回ったものである。
風を受ける感じが気持ちよかった――。
そのまま東京メガロポリスを外に回り、海岸沿いへ出ると、一気に西下していった。
列島の形は変わってしまった、とはいえ、日本の山野は再生され、また元の南北に長い、民族の土地として栄えている。そこを彼は西へ向かい、ひた走っていく。
道行く人々が、気づけば振り返った。
ヘルメットの下の顔にまでは思い至らないが、いまどきガソリンと車輪で走るバイクは、音も小さくない。
エコロジカルではない――といわれてはいるが、なにせ存在自体が珍しいから、問題にされることもなかった。
ただし注目されるのは仕方ない、と諦めている。
ガソリンを手に入れるのが大変なのとコストが高くなること、故障でもした日には自分で治さなければならない、という面倒はあるにせよ――そうした“手間ヒマ”もまた楽しい古代なのである。
(= 2 = へ続く)
36.古代くん!
65. 海へ
78. 温泉
・・・・・
【78. 温泉】
= 1 =
古代進は久しぶりに地球へ帰還した。
ハンディケースを持ち、いくらかの雑務をこなして最後に一通りの報告事項に目を通すと、艦長室を後にする。――この瞬間の気持ちというのはなんともいえない。
ほっとするというのでも、名残惜しいというのでもないが。繰り返し、繰り返し……何年経っても、慣れるわけではないのだろうとも思う。
「艦長、お先に」
「よい休暇を!」
「……失礼します」「お疲れさまでした」
すれ違う部下たちが、敬礼し、だが声をかけていくのは古代艦の特徴でもあったろうか。
(貫禄、足りないのかな…)
と時に思わないでもないが、いつもむっつり難しい顔をして、雲の上に居るだけが艦長のスタイルでもあるまい、とこのごろは古代も割り切っている。
副官や艦橋要員よりも若くて、現場の戦闘員たちと同年代で。からかわれたり笑い合いながら宇宙を飛ぶ艦長がいたっていいだろう――なんてな。言い訳かな。
上の世代が地球存亡の戦いで失われて久しい――だから、各基地や現場の責任者は同世代前後も多くて――
「古代!」「よぉ、久しぶりだな」……気軽に声をかけあい、呼び捨てにする仲の者も多いのだ。
訓練学校のつながりもあるし。
――いざ事が起これば皆、瞬時に従い、古代ならなんとかしてくれるだろうと信望されるカリスマ……そんな自覚がないのも古代進本人だけであろう。
「艦長――お疲れさまでした」
そう言いながら隣に並んでくるヤツがいた。
ここまで図々しいのはさほど多くない。今回、借り出されて戦闘機隊長を務めた加藤四郎である。
「珍しいですね、このまま休暇ってのは」
「あぁ――ちょっとな」
本部勤めを3日、次の出航の手当てをし、その準備までの間を休暇に当てる。
それが古代艦長の通常のスタイルだが――今回は、降りてそのまま休暇に入る。
「ユキさんと、デートですか?」
ん? と見る顔が笑っている。
「あ?……阿呆。あいつらは火星。しばらく戻って来んさ」
地球へ戻る楽しみといえば、家族と過ごすことが一番であるのは宇宙の男とて例外ではない。
ましてや幾つになっても“究極のカップル”という印象から逃れられない古代進とユキ夫妻。
1子に恵まれてもそのお熱さは噂を呼ぶ――ほどである。
それに憧れる女子たちも、ただし“めったに会えない”という“宇宙戦士との恋の成就”という現実に目覚めると躊躇するのがほとんどではあるのだが――。なかなか難しい時代になったものだ。
加藤も恋人と小旅行に出ると言っていた。めったにないことだが休みがぴったり合ったそうで、さらに珍しいことに“恋人からのお誘い”なのだそうだ。ヤツがすっ飛んでいくのも仕方ないというものだろう。
(あいつらこそ、“宇宙一ラブラブってやつ”じゃないか?)と古代はこっそり思うのだが。
★
古代進はそのまま宙港前からエアタクシーを拾うと、さほど遠くないセキュリティハウスの前へ付けた。
そこで制服を脱ぎ、ラフな格好に着替えると用意してあったらしいバッグを肩にかけ、バイクにまたがる。
(久しぶりだな――〔これ〕に乗るのも)
バイクといってもエアーバイクではない。昔ながらの、車輪で走るものだ。
古代はこれが趣味で、同じように“オタク”といわれながらいじるのも乗るのも好きだった故・加藤三郎と一緒に、けっこう話し合ったり飛び回ったものである。
風を受ける感じが気持ちよかった――。
そのまま東京メガロポリスを外に回り、海岸沿いへ出ると、一気に西下していった。
列島の形は変わってしまった、とはいえ、日本の山野は再生され、また元の南北に長い、民族の土地として栄えている。そこを彼は西へ向かい、ひた走っていく。
道行く人々が、気づけば振り返った。
ヘルメットの下の顔にまでは思い至らないが、いまどきガソリンと車輪で走るバイクは、音も小さくない。
エコロジカルではない――といわれてはいるが、なにせ存在自体が珍しいから、問題にされることもなかった。
ただし注目されるのは仕方ない、と諦めている。
ガソリンを手に入れるのが大変なのとコストが高くなること、故障でもした日には自分で治さなければならない、という面倒はあるにせよ――そうした“手間ヒマ”もまた楽しい古代なのである。
(= 2 = へ続く)