KY100-78・2
古代進&森雪100題, shingetsu版
36.古代君!
65. 海へ
78. 温泉・1/・2
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
= 2 =
「こんばんはぁ」
ガラリと昔風の玄関を開けて、古代進は帳場の先から声をかけた。
「はい、いらっしゃいませ」いかにも客商売、といった腰の低い番頭さんが出てきて、
「ご予約ですか?」と訊ねた。彼は頷くと、
「森、といいます。3人なんだけど、連れが今日は来られなくなったそうで、1人に変更可能ですか?」
と訊ねた。
キャンセル料が必要なら、払ってもよい――まったくもう、あいつらから呼び出しておいて、という古代進である。
古代が久しぶりに地球へ戻ってくる。しかもユキさんは仕事で火星から戻れず、守くんも一緒に行ってしまっている、という情報を(どこでかは知らないが)聞きつけて、相原から連絡があったのは、その前に寄航した衛星基地だった。
『――南部さんが、久しぶりに飲まないかって。良い温泉宿知ってますから、そこでいかがっすか、と言ってましたよ』もちろんいらっしゃいますよね、という口調の元・部下&今でも時々部下の相原義一である。太田は相変わらずガニメデですから、ヤツには申し訳ないんっすけど、3人で飲りましょうよ、と言っても相原は下戸ではあるが。
古代の下船に合わせて南部が予約した。
3人で――3人とも有名すぎるので、名前は「森」にしたといっていたな。
――“森”もそれなりに有名だと思うのだが、我々の名よりはあちこちにあるからいいのだそうだ。
ほう、と浴衣に着替えて部屋にくつろぐと、作務衣の若い男性がお茶を淹れに来た。
窓際にくつろいで風を仰いでいた古代は、
「お世話になります――」と言ってありがたく茶を啜ってから、「男性の仲居さんは珍しいですね」と言った。
自分に声をかけられたと知って、驚いたのか、少しはにかみながらおずおずと顔を上げたのは、まだ少年という年齢を少し出たくらいの年の若者である。
実直そうな瞳と、大人しやかな所作が、旅館の下働きなのかなとも思わせる。
「はい……あの」口ごもるようすに、古代は
「連れがいるわけじゃない。少し話していきませんか」と(珍しくも)声をかけた。
「あの……お客さんが乗ってらした――あれ」
「あぁ、バイク? 好きなの」
こくりと頷く。興味深そうに見ていたから、それなら茶を持っていけと番頭さんに言われたのだと彼は言った。
「――趣味なんです。自分で作ったりする方ですけど」
恥ずかしそうに言うのに、古代の方がへぇと興味を持った。
大人しいが暗い子ではない。想像したとおり、ときどき旅館の下働きをしながらお小遣い程度を貰っているといい、この付近に住んでいるのだといった。機械いじりが好きで、自分で部品を集めて動くものを作ったりするのだという。一種の才能もあるようで、若年層部門のロボット製作で賞を取ったこともあるんだそうだ。
(真田さんが小さい頃ってこんなだったのかな――)
古代は微笑ましい想いで目を輝かせてそんなことを語る少年を見ていた。
「お兄さんがいるのかい? 仲がいいんだね」
ううん、とはにかみながら首を振ったが、その様子は兄をとても慕っていると見えた。兄弟も機械が好きでそういった店に勤めているのだそうだ。時々整備を教えてもらうという。
休憩時間になったらおいで、見たければいいよと古代が言うと、
「お許し貰ってから。でも、ありがとうございますっ」と本当に嬉しそうに辞していった。
湯に行こうと渡り廊下を歩いていると先ほどの番頭さんとすれ違った。
「すみませんね、お客さん。長居しないようにって言ったんですけど」
構いませんよと古代は言った。引き留めたのは自分だから叱らないでやってください、と言って仕事が終わったらの許可もついでに貰ってやった。
すると、いえね、と話し好きらしい番頭さんは少し寄って、あの兄弟は親がおりませんで、と言う。やはり四度の地球侵攻戦役の犠牲者で――と、あとは言葉を濁した。単なる戦災死ではないのか? と古代が怪訝な顔をしたのだろう。気を取り直したように番頭さんは、「考えてみれば可哀想なんですよ。あの子は素直ないい子ですけど、兄さんの方は。今は真面目に働いていますけどね、まぁいろいろありました」あとは少し笑うと首を振った。
どこにでも悲劇は転がっている――古代は番頭さんと並んで静かに流れるせせらぎの音を聞きながら、木陰に見える蒔小屋の隅で用具を片付けている少年に目をやった。
(= 3 = へ続く)
36.古代君!
65. 海へ
78. 温泉・1/・2
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= 2 =
「こんばんはぁ」
ガラリと昔風の玄関を開けて、古代進は帳場の先から声をかけた。
「はい、いらっしゃいませ」いかにも客商売、といった腰の低い番頭さんが出てきて、
「ご予約ですか?」と訊ねた。彼は頷くと、
「森、といいます。3人なんだけど、連れが今日は来られなくなったそうで、1人に変更可能ですか?」
と訊ねた。
キャンセル料が必要なら、払ってもよい――まったくもう、あいつらから呼び出しておいて、という古代進である。
古代が久しぶりに地球へ戻ってくる。しかもユキさんは仕事で火星から戻れず、守くんも一緒に行ってしまっている、という情報を(どこでかは知らないが)聞きつけて、相原から連絡があったのは、その前に寄航した衛星基地だった。
『――南部さんが、久しぶりに飲まないかって。良い温泉宿知ってますから、そこでいかがっすか、と言ってましたよ』もちろんいらっしゃいますよね、という口調の元・部下&今でも時々部下の相原義一である。太田は相変わらずガニメデですから、ヤツには申し訳ないんっすけど、3人で飲りましょうよ、と言っても相原は下戸ではあるが。
古代の下船に合わせて南部が予約した。
3人で――3人とも有名すぎるので、名前は「森」にしたといっていたな。
――“森”もそれなりに有名だと思うのだが、我々の名よりはあちこちにあるからいいのだそうだ。
ほう、と浴衣に着替えて部屋にくつろぐと、作務衣の若い男性がお茶を淹れに来た。
窓際にくつろいで風を仰いでいた古代は、
「お世話になります――」と言ってありがたく茶を啜ってから、「男性の仲居さんは珍しいですね」と言った。
自分に声をかけられたと知って、驚いたのか、少しはにかみながらおずおずと顔を上げたのは、まだ少年という年齢を少し出たくらいの年の若者である。
実直そうな瞳と、大人しやかな所作が、旅館の下働きなのかなとも思わせる。
「はい……あの」口ごもるようすに、古代は
「連れがいるわけじゃない。少し話していきませんか」と(珍しくも)声をかけた。
「あの……お客さんが乗ってらした――あれ」
「あぁ、バイク? 好きなの」
こくりと頷く。興味深そうに見ていたから、それなら茶を持っていけと番頭さんに言われたのだと彼は言った。
「――趣味なんです。自分で作ったりする方ですけど」
恥ずかしそうに言うのに、古代の方がへぇと興味を持った。
大人しいが暗い子ではない。想像したとおり、ときどき旅館の下働きをしながらお小遣い程度を貰っているといい、この付近に住んでいるのだといった。機械いじりが好きで、自分で部品を集めて動くものを作ったりするのだという。一種の才能もあるようで、若年層部門のロボット製作で賞を取ったこともあるんだそうだ。
(真田さんが小さい頃ってこんなだったのかな――)
古代は微笑ましい想いで目を輝かせてそんなことを語る少年を見ていた。
「お兄さんがいるのかい? 仲がいいんだね」
ううん、とはにかみながら首を振ったが、その様子は兄をとても慕っていると見えた。兄弟も機械が好きでそういった店に勤めているのだそうだ。時々整備を教えてもらうという。
休憩時間になったらおいで、見たければいいよと古代が言うと、
「お許し貰ってから。でも、ありがとうございますっ」と本当に嬉しそうに辞していった。
湯に行こうと渡り廊下を歩いていると先ほどの番頭さんとすれ違った。
「すみませんね、お客さん。長居しないようにって言ったんですけど」
構いませんよと古代は言った。引き留めたのは自分だから叱らないでやってください、と言って仕事が終わったらの許可もついでに貰ってやった。
すると、いえね、と話し好きらしい番頭さんは少し寄って、あの兄弟は親がおりませんで、と言う。やはり四度の地球侵攻戦役の犠牲者で――と、あとは言葉を濁した。単なる戦災死ではないのか? と古代が怪訝な顔をしたのだろう。気を取り直したように番頭さんは、「考えてみれば可哀想なんですよ。あの子は素直ないい子ですけど、兄さんの方は。今は真面目に働いていますけどね、まぁいろいろありました」あとは少し笑うと首を振った。
どこにでも悲劇は転がっている――古代は番頭さんと並んで静かに流れるせせらぎの音を聞きながら、木陰に見える蒔小屋の隅で用具を片付けている少年に目をやった。
(= 3 = へ続く)