KY100-78・3
古代進&森雪100題, shingetsu版
36.古代君!
65. 海へ
78. 温泉・1/・2/・3/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
= 3 =
『だぁからぁ、古代さん。済みませんってば――』
画面に映っている南部の顔は小さいが態度は慇懃なだけで相変わらず大きい。
自分から誘っておいて、ひどいじゃないか、と古代が文句を言うと、
『俺だって休みたかったんですよぅ。でも親父さんから珍しくSOSなぞあって、ですねぇ。どうにも出かけられなくなっちまいまして……』
「相原は」
『――長官がらみだそうです』
はぁそうですか、と古代は内心ため息を付く。
どちらもそれ相応の“家”なのだ。
仕事が抜けられると思えば、そっちかと思うと、そういった係累の無い自分は、それはそれで想像するしかない。
わかった、と言う古代に、キャンセル料その他はこっちで持ちますからゆっくりしてらしてください、と気配りを見せる南部。
『たまには一人でのんびりされるのも良いんじゃないですか――それとも』
そのあとは言わなくてもわかった。どうせ、
「ユキさんや俺たちが居ないと寂しいですか?」とでもからかいにくるに決まっているからだ。
お言葉に甘えることにした古代である。一人なら一人の楽しみ方もあるというものだ。
“地球に帰ればご家庭優先”の典型だった古代進であるが、久々にバイクを引っ張り出したのもその思いつきの一つ。
たまにはこんなのもいいなと思えるのも、家族あってのことなのかもしれないと思うのだ。
幸せなんだろうな、と思う。
そんなわけで自宅には戻らず、セキュリティハウスから直行してしまった古代である。
南部たちは後から追っかけてくると言っていた。果たして3泊4日のうちに来れるのかどうかはわからないが。
古代はそれには構わず、このあたりの山道をツーリングしてみようと思っている。
調べてみたらこのあたりには、そういったコースがあるらしく、以前から来てみたいとも思っていたのだ。
――もちろん、再生された地球での新しい山野に、ということだが。
水惑星アクエリアスは、瓦礫と再生区のまだらだった地表に、多くの水を作った。
必ずしもそれは天然にうまくいったものばかりではなく、一度は削られ、二度の熱で粘土のように固まってしまった地表は掘り起こしても元の地層を残している地域ばかりではない。
だが中には湖や川として再生したもの、地下に注いで源泉を作ったものもある。
地球は三度痛めつけられたが、まだ命を失ってはいなかったのだ。
――中でも幸いにして、日本列島は地力が強かったのか、比較的新しい層だったためか、地力そのものを取り戻しつつあり、それに注がれた水が、元の“列島”の自然を復活させるのに役立っている。
もちろん相当に人工的な手を入れなければならなかったのは当然である。
この地域(エリア)は“日本の山野”らしきものが早くから再生されていたそうだ。
特別区に指定を受け、熱水鉱床も再生し温泉としてよみがえった。
浄化や再生のため、古い日本の風景に見せながら、地域には最新の技術が導入されているに違いないのだ。
そうまでしても、大和民族は、元の“自然”を取り戻したかった――それは古代らだけでなく人々の共通の思いだったのだろう。
☆
風呂を終えて夕食までには時間があったので、そろそろ来ればいいがと思いながら預けてある格納庫の方へ行こうと立ち上がったところで少年と会った。
「終わったのかい?」古代が訊ねると、こくりと頷く。
「じゃぁ、見に来るか?」そう問うと、
「本当にいいんですか?」言い、嬉しそうに先に立って前庭にある格納庫へ行った。
馬小屋の横にある倉庫の鍵を開けて其処に大事に止められているバイクを見る。
「2201年式――」
「あぁ」と古代。もうだいぶん古いものだが、型式そのものは2193年製で、それのレプリカなのだと聞いている。ただ、訓練学校生の頃から自分でチューニングしたりもしたため、排気量その他、規定ぎりぎりの改造ぶりだ。
「見ても、いいですか?」
おずっと、だが目を輝かせて言う少年に、あぁ、と古代は笑って頷いた。
メカ好きの目をしている。
こういう男になら、いじらせても大丈夫だろうと思う。
バイク自体は量産品というわけではないので中古(なのだ、古代のものは)でもそこそこの値が付くが、乗る機会がひどく少ない割りに錆びも無く、管理は行き届いていた。
「すっごいですね~。初めて見ます、本物!」
兄の工場ではそういうレプリカやヴィンテージの好事家たちも集まるため、実際に転がすための二輪も見てはいたが、これだけ乗り込んだものは久しぶりだと言った。
見て飽かず、古代もあちこちを示しながら、特にエンジン周りには興味が共通しているらしかった。
そのカバーのウラを覗き込んでいた少年の目が、え、と1点で留まる。
だが気にしない風を装って、どうかしたか? という古代をやり過ごした。
「森さん――でしたよね」
記憶力は良いらしい。
「あぁ――進(シン)っていう」
古代の名を音(おん)読みにした、バイク仲間での呼び名である。
「……ここ、ちょっと。磨耗しているみたいです」
ビスの一つを差して、言った。
「明日、ツーリングとか行かれますか?」と問い、あぁと答えると、
「交換しないと抜けたら危険かも」。
整備はきっちりしていたつもりだったが、飛び出す時に気が急いていたかもしれない。
せめて旅館に着いてからきちんと調べてみればよかった――予備の部品も持ってきていない。
この時間では、整備工場を探すのも難しいだろうと古代は思った。
「――今日、兄に言っておきます。朝、工場に寄ってってください。どうせこの裏山のコースに行かれるんでしょう?」
そのために集まってくるバイク仲間の溜まり場でもあるらしい。
「……ん、と――」部品を仔細にチェックしはじめた彼は、
「たぶん。このサイズならうちにあるので間に合うと思いますから。場所は、此処――」
紙に簡単な地図を書いてみせた。
車で10分くらいです。僕は自転車で通っているので、と彼は言い、目の保養をありがとうございました、と言った。
いい子だな――。
古代は例を言うと、
「裏山のコース地図は、帳場にありますので。必ず持っていってくださいね。迷った時の連絡先なんかもありますから」
山を舐めると怖いですよ、と言われ、そうだなと古代は思った。
――宇宙は危険で、予測ができない。だがそう思って地上を舐めてかかると……こんな低い山でも遭難したり事故死する宇宙生活者はいるのだ。――気をつけよう、と思うのだ。
(= 4 = へ続く)
36.古代君!
65. 海へ
78. 温泉・1/・2/・3/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
= 3 =
『だぁからぁ、古代さん。済みませんってば――』
画面に映っている南部の顔は小さいが態度は慇懃なだけで相変わらず大きい。
自分から誘っておいて、ひどいじゃないか、と古代が文句を言うと、
『俺だって休みたかったんですよぅ。でも親父さんから珍しくSOSなぞあって、ですねぇ。どうにも出かけられなくなっちまいまして……』
「相原は」
『――長官がらみだそうです』
はぁそうですか、と古代は内心ため息を付く。
どちらもそれ相応の“家”なのだ。
仕事が抜けられると思えば、そっちかと思うと、そういった係累の無い自分は、それはそれで想像するしかない。
わかった、と言う古代に、キャンセル料その他はこっちで持ちますからゆっくりしてらしてください、と気配りを見せる南部。
『たまには一人でのんびりされるのも良いんじゃないですか――それとも』
そのあとは言わなくてもわかった。どうせ、
「ユキさんや俺たちが居ないと寂しいですか?」とでもからかいにくるに決まっているからだ。
お言葉に甘えることにした古代である。一人なら一人の楽しみ方もあるというものだ。
“地球に帰ればご家庭優先”の典型だった古代進であるが、久々にバイクを引っ張り出したのもその思いつきの一つ。
たまにはこんなのもいいなと思えるのも、家族あってのことなのかもしれないと思うのだ。
幸せなんだろうな、と思う。
そんなわけで自宅には戻らず、セキュリティハウスから直行してしまった古代である。
南部たちは後から追っかけてくると言っていた。果たして3泊4日のうちに来れるのかどうかはわからないが。
古代はそれには構わず、このあたりの山道をツーリングしてみようと思っている。
調べてみたらこのあたりには、そういったコースがあるらしく、以前から来てみたいとも思っていたのだ。
――もちろん、再生された地球での新しい山野に、ということだが。
水惑星アクエリアスは、瓦礫と再生区のまだらだった地表に、多くの水を作った。
必ずしもそれは天然にうまくいったものばかりではなく、一度は削られ、二度の熱で粘土のように固まってしまった地表は掘り起こしても元の地層を残している地域ばかりではない。
だが中には湖や川として再生したもの、地下に注いで源泉を作ったものもある。
地球は三度痛めつけられたが、まだ命を失ってはいなかったのだ。
――中でも幸いにして、日本列島は地力が強かったのか、比較的新しい層だったためか、地力そのものを取り戻しつつあり、それに注がれた水が、元の“列島”の自然を復活させるのに役立っている。
もちろん相当に人工的な手を入れなければならなかったのは当然である。
この地域(エリア)は“日本の山野”らしきものが早くから再生されていたそうだ。
特別区に指定を受け、熱水鉱床も再生し温泉としてよみがえった。
浄化や再生のため、古い日本の風景に見せながら、地域には最新の技術が導入されているに違いないのだ。
そうまでしても、大和民族は、元の“自然”を取り戻したかった――それは古代らだけでなく人々の共通の思いだったのだろう。
☆
風呂を終えて夕食までには時間があったので、そろそろ来ればいいがと思いながら預けてある格納庫の方へ行こうと立ち上がったところで少年と会った。
「終わったのかい?」古代が訊ねると、こくりと頷く。
「じゃぁ、見に来るか?」そう問うと、
「本当にいいんですか?」言い、嬉しそうに先に立って前庭にある格納庫へ行った。
馬小屋の横にある倉庫の鍵を開けて其処に大事に止められているバイクを見る。
「2201年式――」
「あぁ」と古代。もうだいぶん古いものだが、型式そのものは2193年製で、それのレプリカなのだと聞いている。ただ、訓練学校生の頃から自分でチューニングしたりもしたため、排気量その他、規定ぎりぎりの改造ぶりだ。
「見ても、いいですか?」
おずっと、だが目を輝かせて言う少年に、あぁ、と古代は笑って頷いた。
メカ好きの目をしている。
こういう男になら、いじらせても大丈夫だろうと思う。
バイク自体は量産品というわけではないので中古(なのだ、古代のものは)でもそこそこの値が付くが、乗る機会がひどく少ない割りに錆びも無く、管理は行き届いていた。
「すっごいですね~。初めて見ます、本物!」
兄の工場ではそういうレプリカやヴィンテージの好事家たちも集まるため、実際に転がすための二輪も見てはいたが、これだけ乗り込んだものは久しぶりだと言った。
見て飽かず、古代もあちこちを示しながら、特にエンジン周りには興味が共通しているらしかった。
そのカバーのウラを覗き込んでいた少年の目が、え、と1点で留まる。
だが気にしない風を装って、どうかしたか? という古代をやり過ごした。
「森さん――でしたよね」
記憶力は良いらしい。
「あぁ――進(シン)っていう」
古代の名を音(おん)読みにした、バイク仲間での呼び名である。
「……ここ、ちょっと。磨耗しているみたいです」
ビスの一つを差して、言った。
「明日、ツーリングとか行かれますか?」と問い、あぁと答えると、
「交換しないと抜けたら危険かも」。
整備はきっちりしていたつもりだったが、飛び出す時に気が急いていたかもしれない。
せめて旅館に着いてからきちんと調べてみればよかった――予備の部品も持ってきていない。
この時間では、整備工場を探すのも難しいだろうと古代は思った。
「――今日、兄に言っておきます。朝、工場に寄ってってください。どうせこの裏山のコースに行かれるんでしょう?」
そのために集まってくるバイク仲間の溜まり場でもあるらしい。
「……ん、と――」部品を仔細にチェックしはじめた彼は、
「たぶん。このサイズならうちにあるので間に合うと思いますから。場所は、此処――」
紙に簡単な地図を書いてみせた。
車で10分くらいです。僕は自転車で通っているので、と彼は言い、目の保養をありがとうございました、と言った。
いい子だな――。
古代は例を言うと、
「裏山のコース地図は、帳場にありますので。必ず持っていってくださいね。迷った時の連絡先なんかもありますから」
山を舐めると怖いですよ、と言われ、そうだなと古代は思った。
――宇宙は危険で、予測ができない。だがそう思って地上を舐めてかかると……こんな低い山でも遭難したり事故死する宇宙生活者はいるのだ。――気をつけよう、と思うのだ。
(= 4 = へ続く)