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2011_09
07
(Wed)01:40

KY100-78・4

古代進&森雪100題, shingetsu版

36.古代君!
65. 海へ
78. 温泉・1・2・3/・4/
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= 4 =

 翌朝。
 朝風呂を気持ちよく浴びた古代は、昼の弁当を(おにぎりとおかずである)旅館が用意してくれるというのでそれに甘え、早めに旅館を出た。早ければ夕食に南部たちが来るかもしれない。――朝、入っていた携帯メールでは、「どうなるかわからない」と不満げだったが。あいつらのことだ。来なければ来ないでもう一晩一人でゆっくりするか。
 それはちょっと寂しいかもしれない、と珍しく思う古代なのだ。

 朝の光は気持ちよかった。天候も、晴れ。
気になるのは昨日、少年が点検してくれたビスの緩みだったが、なるようにしかならない。あまりふかしすぎないようにし、教えてくれた工場へ立ち寄ってみることにした。

 「おはようございま~す」
朝の光を浴びて木陰にたたずむという雰囲気の小さな工場は、オープンなつくり。店内には何台かのバイクが並べてあるのが外からも眺められた。
古代は声をかけ、「誰かいませんか」と鍵のかかっていない扉を開けた。
 「誰だね」
ひょろりとした爺さんが顔を出して、あん? と言って「お客さんかね、どうぞ」と言われるまま中へ入った。「ミサキ!」と呼ぶ。気づくと土間の床の隅に若者が一人、部品をいじっていた。もっそりと立ち上がり、やってくる。
 「バイク、中へ入れとけ。外、置いとくとだめだ」
「あ、あぁ…」古代のバイクはそれなりに価値のあるものだ。型式がヴィンテージだということもあるだろうが、実際に使えるように改造を重ねてあり、かなり趣味度が高い――古代の趣味、つまり実用的で機動性が良い。古代はこれを、こっそり“地上のコスモ・ゼロ”だと考えていた。――もちろんゼロは官品、このバイクは個人持ちという違いはあるが。
 ミサキと呼ばれた青年が立ち上がって、バイクの横へやってきた。
無愛想な男で、表情も変わらない。だが「触るぞ」と一言断って「どこだ? タケが言ってた車だな」「タケ?」「弟。――会ったんだろ、昨日」
あぁ、これが少年の兄なのかと古代は思い、そういえば彼の名前を聞かなかったなと思った。タケというのがそうで、目の前にいるのが兄か。ミサキというのは名前だろうか。苗字だろうか。
 古代が手で示した場所を見て、ミサキの顔色が変わった。
 昨日、少年もそれを見て表情を変えたのだ。「――そこのビスが緩んでる。錆びが出てるのかもしれない」少年に言われていたのはそのカバーの裏側の部品だった。が、ミサキが……もしかしたら少年も。引っかかったのはそこではなかった。
 「免許証、出しな」
ミサキが言い、古代は一瞬、躊躇した。「何故」と問う。
「あんた、ツーリング行くんだろ」あぁ、と答える。
「――時々いるんだよ、無免許のやつ。機械さえ手に入ればそんなに難しくはないからな、皆、簡単に乗りやがる。それで事故って、あの世行きだ。……うちはそんなやつの整備もしねぇし、部品も出さない」
「――そうだ。だから免許は見せて貰うことにしてんだ」最初の爺がそう言った。やり取りはミサキみ任せて、板の間の帳場でなにやら図面を眺めている。
 古代は仕方なくライダースーツの内側の胸ポケットから1枚のコーティングカードを出した。顔写真入り、シークレットセンサーの付いた特別免許証。
この時代、二輪の免許は普通のエアカーの比ではないほど取得が難しい。だが古代のように軍にいて様々なライセンスを持っている者は、単位を取得後なら講習だけ受ければ免許が出た。一般ライセンスとは色が異なる。見る人が見ればすぐに軍人であり士官だとわかるシロモノなのだ――しかも、いいわけが利かない。当然そこには、「古代 進(森)」と記されてあるからだ。
 AAライセンス所持。その気になればレースに出る資格も持つ(ただしレースは経験値を積まなければコースや大会に出場できないため、古代の免許で出られるわけではない)。運動神経の塊のような古代である。随分若いときに取ったもので、軍務で得た資格ではなく、正規に取得した二輪免許だった(とはいえ、経緯で表示が異なるわけではない)。
 バイク乗りは戦闘機乗り(パイロット)と同じく、力量の上の相手の前では、掛け値なしの敬意を示す。通常なら、これを見れば尊敬の眼差しを向けるか羨ましがるところ、ミサキはひと目見ると、付き返すようにそれを返して寄越した。
 「帰ってくれ!」
急に、無愛想さに拍車がかかる。
「――森、という名前も嘘だな」
「……それは、わけがあって」古代が何か言おうとすると
「そんなことはどうでもいい。あんたにやる整備は無い」
「だが……」
「部品はやる。金も要らない。早く、それを持って出ていってくれ」
「君……」
「早くっ! 塩まくぞ」
 けんもほろろに工場を追い出されるように古代は其処を出た。
言ったように部品だけはくれたので、少し転がしてから自分で替えるしかなかった。

 (免許――? 軍人嫌いか? それとも)
古代は突然、はっと気づいた。
(俺の、名前? ――コダイススム、に何か思うところがあったのか?)
考えてもわかりはしなかった。少年は何も言ってなかったではないか。
 気にしていても始まらなかった。
地図はあり、部品も完璧だ。弁当も持っている(宿で握り飯を作ってくれたのだ)。宿へ戻ったらまた少年をつかまえて訊ねてみよう。そう思い、その日の山上りに向かう古代だった。日が随分、高くなってきた時刻である。

(= 5 = へ続く)

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