「出発--ほんの少しのすれ違い」(3)
[2011.12.23のアーティクルの続き]
= 3 =
その日、島大介は珍しく少し遅くなって戻ってきた。
連絡は入れていたので(これも島【が】心配だから)、それも承知だ。
(あまり早く温めすぎないようにしなければならないのですね…)
それも計算し、さて何時ごろ戻るのでしょうといろいろ考えて工夫するのも楽しい。
もちろん、帰ってくるのを心待ちにしている気持ちに変わりはないが、テレサは島が何を鬱屈しているのかも理解(わか)っていた。――島自身は、見せていないつもりだったのだろうが。
(一人で悩まないで、島さん――私は、此処にいる)
テレサの心の想いが聞こえていたか、どうか--。
「わぁ、旨そうだなぁ」、と部屋に入った途端、鼻をひくつかせてくん、と匂いを嗅ぐ。なによりも部屋の中で煮物が煮え、サラダが並び、そんな風景が【幸せ】だった。
「テレサ――」
「あら」
きゅ、と振り向かせて抱き込まれ、頬にキスされてぽぉと赤くなる。
「島さん――あ。大介さん、お食事に、しませんか?」
「あ。ごめんごめん――お腹空いたろ? 待ってなくて先に食べてていいんだよ」
「……そんな」
少し赤くなってもじ、っと見上げる顔がとても愛しい。そうだよな、自分と食べたくて慣れない台所仕事をして作ってくれたに違いないんだから。
これまではパッケージ宅配が多かった島たちである。もちろん、テレサは料理を少しずつ覚えていたが、それをメインにするつもりは彼にもなかった。島が食事を作ってもいいのだが、そういう日もあった。ただただ守っていたつもりが、少しずつ、買い物を覚え、店で購入したものが食卓に出る日の割合が増えている。
[だから心配いらないって言ったろ?]
親友殿の声が頭の中で響くが、うるさい、だまれ。と黙らせておいて、島はテレサを包み込むことに集中した。
「し、しまさん--あの。お食事……」
「うん」
「あ、の……しま、さん?」
「うん」
「あら……」温かい手と腕。5月とはいえ、この日は少し寒かったかもしれない。
★
素材はたくさん揃った。しばらくはこれを順番に使っていろいろ作ってみましょう。
(楽しいわね)
と、テレサは島が出かけた部屋のキッチンで、野菜を見ながらそう思う。
メインとなるものを決めて、メニューを決めたら、それに足りないものを1品、買い足して何か作る。惣菜はほかのものを使ったり、前夜の残り物や買い置きを回す。
地球人が普通にやっている“生活の料理”――テレザートでもそうだったのだが、特別な育ち方をしたテレサはそれを知らなかった――というものを知っていくのもまた、一日一日地球の人間になっていくようで、彼女はそれを楽しんでいた。
キッチンで野菜を眺めてにこにこするテレサ。
……ひとが見たら、ちょっとヘンかもしれなかったが。
☆
島大介は一瞬の困惑ののち、「はい、了解しました」と机の隅にあるモニタに敬礼して答えていた。
はぁ、と小さくため息をつく。
「島さん、お呼び出しですか?」
同僚がそのため息に気づいたのか、からかうような目を向けてきた。
「……あぁ。これから士官食堂だそうだ」
「へぇ?」と同僚は感心したような目を向けた。退庁時間間近である。「なにか良い話があるんじゃないですかね。うらやましいことです」何の気なしにそういわれて、あぁそういうこともあるのかなと思う島である。
「いやいや、わかりませんよぉ? 島さんは早く帰ってコイビトとお食事したいんですよね」別の同僚がからかい、そうだそうだと囃すヤツもいて、「な、なにをバカな」と少し顔を朱(あか)くするも、別に機嫌を損じたわけではない。そんなことは同僚たちもわかっているのである。まぁでも士官食堂で接待ディナーなんて、めったに無いことなんですから、ぜひ土産話聞かせてくださいね、と最初の同僚が言って、頷きつつも複雑な心境になった島であった。
テレサは(珍しく)島からの連絡を貰って、ふぅ、とキッチンの椅子に座りこんだ。
(まぁ、そういうことも、あるわよね)
肘をついて少し考え込む。
(残ってしまうわ――どうしましょう)
そうなのだった。食事を作ると、急な用事が入った時に、余ってしまうこともある。
そんな当たり前のことに気付いたのだった。
ぎりぎりまで待って、それから温めたり焼いたりすればよい、ということに改めて気づいたテレサは、一つお利口になった、ということで満足することにした。
ここで誤解してはいけないのは、テレサは島が急用で、用意していた食事が一緒にとれなくなったから怒っているわけでも悲しくなったわけでもない、ということだ。「そういうこともあるのね」と事実として受け止めて、満足している。そういう予測できないことも面白いのである。
この点、島も誤解していて、画面の向こうでは済まなそうに謝り、かえってテレサの方が心配になったくらいである。にっこり(本心から)笑って、「楽しんでいらしてくださいね」と言うと、彼は少し安心したような笑みを見せたが――お仕事なのでしょうから、“楽しんで”はヘンだったかしら? と考え込む部分も少しズレているテレサだった。
さて、どうしましょう。
ともあれ、冷めないうちに自分の分は片づけることにした。
(4)に続く
その日、島大介は珍しく少し遅くなって戻ってきた。
連絡は入れていたので(これも島【が】心配だから)、それも承知だ。
(あまり早く温めすぎないようにしなければならないのですね…)
それも計算し、さて何時ごろ戻るのでしょうといろいろ考えて工夫するのも楽しい。
もちろん、帰ってくるのを心待ちにしている気持ちに変わりはないが、テレサは島が何を鬱屈しているのかも理解(わか)っていた。――島自身は、見せていないつもりだったのだろうが。
(一人で悩まないで、島さん――私は、此処にいる)
テレサの心の想いが聞こえていたか、どうか--。
「わぁ、旨そうだなぁ」、と部屋に入った途端、鼻をひくつかせてくん、と匂いを嗅ぐ。なによりも部屋の中で煮物が煮え、サラダが並び、そんな風景が【幸せ】だった。
「テレサ――」
「あら」
きゅ、と振り向かせて抱き込まれ、頬にキスされてぽぉと赤くなる。
「島さん――あ。大介さん、お食事に、しませんか?」
「あ。ごめんごめん――お腹空いたろ? 待ってなくて先に食べてていいんだよ」
「……そんな」
少し赤くなってもじ、っと見上げる顔がとても愛しい。そうだよな、自分と食べたくて慣れない台所仕事をして作ってくれたに違いないんだから。
これまではパッケージ宅配が多かった島たちである。もちろん、テレサは料理を少しずつ覚えていたが、それをメインにするつもりは彼にもなかった。島が食事を作ってもいいのだが、そういう日もあった。ただただ守っていたつもりが、少しずつ、買い物を覚え、店で購入したものが食卓に出る日の割合が増えている。
[だから心配いらないって言ったろ?]
親友殿の声が頭の中で響くが、うるさい、だまれ。と黙らせておいて、島はテレサを包み込むことに集中した。
「し、しまさん--あの。お食事……」
「うん」
「あ、の……しま、さん?」
「うん」
「あら……」温かい手と腕。5月とはいえ、この日は少し寒かったかもしれない。
素材はたくさん揃った。しばらくはこれを順番に使っていろいろ作ってみましょう。
(楽しいわね)
と、テレサは島が出かけた部屋のキッチンで、野菜を見ながらそう思う。
メインとなるものを決めて、メニューを決めたら、それに足りないものを1品、買い足して何か作る。惣菜はほかのものを使ったり、前夜の残り物や買い置きを回す。
地球人が普通にやっている“生活の料理”――テレザートでもそうだったのだが、特別な育ち方をしたテレサはそれを知らなかった――というものを知っていくのもまた、一日一日地球の人間になっていくようで、彼女はそれを楽しんでいた。
キッチンで野菜を眺めてにこにこするテレサ。
……ひとが見たら、ちょっとヘンかもしれなかったが。
島大介は一瞬の困惑ののち、「はい、了解しました」と机の隅にあるモニタに敬礼して答えていた。
はぁ、と小さくため息をつく。
「島さん、お呼び出しですか?」
同僚がそのため息に気づいたのか、からかうような目を向けてきた。
「……あぁ。これから士官食堂だそうだ」
「へぇ?」と同僚は感心したような目を向けた。退庁時間間近である。「なにか良い話があるんじゃないですかね。うらやましいことです」何の気なしにそういわれて、あぁそういうこともあるのかなと思う島である。
「いやいや、わかりませんよぉ? 島さんは早く帰ってコイビトとお食事したいんですよね」別の同僚がからかい、そうだそうだと囃すヤツもいて、「な、なにをバカな」と少し顔を朱(あか)くするも、別に機嫌を損じたわけではない。そんなことは同僚たちもわかっているのである。まぁでも士官食堂で接待ディナーなんて、めったに無いことなんですから、ぜひ土産話聞かせてくださいね、と最初の同僚が言って、頷きつつも複雑な心境になった島であった。
テレサは(珍しく)島からの連絡を貰って、ふぅ、とキッチンの椅子に座りこんだ。
(まぁ、そういうことも、あるわよね)
肘をついて少し考え込む。
(残ってしまうわ――どうしましょう)
そうなのだった。食事を作ると、急な用事が入った時に、余ってしまうこともある。
そんな当たり前のことに気付いたのだった。
ぎりぎりまで待って、それから温めたり焼いたりすればよい、ということに改めて気づいたテレサは、一つお利口になった、ということで満足することにした。
ここで誤解してはいけないのは、テレサは島が急用で、用意していた食事が一緒にとれなくなったから怒っているわけでも悲しくなったわけでもない、ということだ。「そういうこともあるのね」と事実として受け止めて、満足している。そういう予測できないことも面白いのである。
この点、島も誤解していて、画面の向こうでは済まなそうに謝り、かえってテレサの方が心配になったくらいである。にっこり(本心から)笑って、「楽しんでいらしてくださいね」と言うと、彼は少し安心したような笑みを見せたが――お仕事なのでしょうから、“楽しんで”はヘンだったかしら? と考え込む部分も少しズレているテレサだった。
さて、どうしましょう。
ともあれ、冷めないうちに自分の分は片づけることにした。
(4)に続く