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2012_01
06
(Fri)19:07

「出発--ほんの少しのすれ違い」(5)fin

[2012.1.04のアーティクルの続き]

= 5 =

 島大介は結局、是枝薫の誘いには乗らなかった。
乗れなかった、というのが正しい。
 島の現在の望みは、テレサを守れる環境を整えること――静かに暮らしたかった。第8輸送艦隊から第3中央艦隊への異動は、地位は変わらないが明らかな出世コースを意味する。そうなれば様々なものに巻き込まれるだろうし、是枝はその懐刀として島を欲したということがわからないような彼でもない。
(また見込まれたものだ――)
共に戦ったことも同じ艦(ふね)に乗ったこともない。古代を、でなく自分を、というのがわかるようなわからないような気のする大介なのだ。

 だが島は現在の生活を手放したくなかった。
 確かに第8輸送艦隊は、航海に出ている時間は長い。それでも、太陽系内のメイン航路だから古代のように外周へ出ることもなければ不規則な勤務もない。金星・太陽ラインほど危険度も高くなく……そうして、ある程度は休みも取れた。それに、地球からの往復日程が短いのだ。
(今の自分に、これ以上を望むことはできない――)
島の結論は、こうである。

 それでもまだ、彼は宇宙(そら)へ戻ることを躊躇していた。

 置いていって、大丈夫なのだろうか。
 彼女は――いや自分は、その不安に耐えられるのだろうか、と--。


 日は刻々と近づいている。

 (話さなくちゃな――)
 テレサに。
 なによりも、大切な、本人に。

 君のために地球に居た--だがそれも終わりを告げる。
 僕は宇宙を飛ぶしか能の無い男だ。だから、宇宙を飛ぶ--そういう風にしか君を守れない。

 テレサという特殊因子を抱え込んだことと――。
彼自身の体内に流れる特殊な血--。
そうして数々の特権と、義務。さらにはヤマトの秘密と保守義務。

島大介には“軍を辞める”という選択肢は与えられていない。
特に希望をしたことがなかったから、明示もされなかったが、“これからの生活”を考えて検討してみた時に初めて、それを知った。
「迂闊――」だったと、いえよう。

考えてみれば、あの最初の戦いのあと。
そうして毎度の、あまりにも厳しいヤマトの戦役のあと。
それぞれには退役の自由と年金の保証が与えられていた。
ヤマトの幹部乗組員については、退役はあまり推奨されなかったが、それでも、それぞれに進退についての一応の打診はあったのだという――古代進でさえ、もだ。
だが、島には記憶が無い。
そういわれた覚えも、書類を見た覚えも、無かった--。

 不審に思って、真田に話してみたことがある。すると彼は、黙って首を横に振った。
 問い詰めると、「残念だが――君の自由にはならない」とだけ返された。「だが、私も同じだがね」と真田は言い、その表情の奥に、微かに不敵な何らかの決意を見たような気がしたのは気の所為だったろうか--。
 島大介と真田志郎。
 2人ながらに、軍からのリタイアもエリミネートも許されない。そういうことだった。


 「島さん? おいしくないですか?」
ブロッコリーがたっぷり入ったグラタンを前にぼぉっとしていた大介は、テレサの声に、はっと現実に返った。

い、いや。とても旨い。
とっさに我に返り、にっこり笑って真剣に見返す。--この笑顔で相手の誠実を疑う女は――男も――居ない。
だがテレサは物おじせず、じっとそれを見返した。緑の瞳――不思議な琥珀の色。
再びスプーンが止まって、「あら。冷めてしまいますわよ?」と不思議そうに。
あ、あぁ……。慌てて口と手を動かす。――やけどしない程度に表面は冷めたが、中はまだ熱い。サラダとビールで口を冷ましながら、ふと、(いつの間にこんなに料理が上手くなったんだろう?)と思う大介。

 2人が食事を終えると、食器を片づけてカモミール・ティをポットに入れてきたテレサが椅子に掛けながら言った。
「大介さん? 私。……少しは進歩しましたでしょう?」
え? とカップを口に運んでいた島はテレサを見返す。
「――すれ違っています。気づきませんでしたか?」
(すれ違って? 何が? いつ!?)
ドキりと胸が跳ねる。
 「大介、さん?」
嫣然と、とテレサは微笑んで、カップの向こう側から島をまた見つめた。両肘をテーブルにつき、手に顎を乗せた珍しい恰好で。くすりと首をかしげて微笑む。
愛らしい--と思ってしまえるような所作で。
「ど、どうしたんだ? 君」
「――もう、三日前でしょう?」
 なんのことだ、と言いぬけるのも白々しかった。
「ご用意は、出来てますわ、私の方は。――あなたは、どうなのでしょうか」
やっぱりそのままで、まるでこちらが子どもにでもなったように、やんわり微笑まれて、島は戸惑った。
「--僕の勤務のこと、知っていたの?」
微かに彼女は金の髪を揺らす。
「知らないとでも?」
こういうやり取りは、なんだかはるか昔の記憶を呼び戻させる。
 それは一気に島大介を、あの空間へ、時間へ持って行った。

 (そうだ。この人は、僕が守ってやらなきゃいけないだけのひ弱な人ではない――地球を守り、自分の星を守り、勇敢に闘った人だった――)
 駆け引きもし、宇宙の多くの民族を相手にし……メッセージとその能力一つで。
 ただ一人で。

 「私は――ひとりでも、大丈夫です」
 目を上げたテレサは、やんわりと、だがきっぱりとそう言って、また笑った。
「不安なのは、島さん--あなたでしょうか」
 やんわりと、だがきっぱりと言われて、行く手をふさがれる。
 島は立ち上がると、するりとテレサの傍らに立ち、その髪に手を触れた。
「ごめん……」
ううん、とテレサは首を振る。そのまま顔を柔らかく抱いた。
 不安なのは自分だ--とうにわかっている。
 閉じ込めるようなことも――居ない間、何もできないことも--そうして。それなのに宇宙へ出てしまえば、ひとときとはいえ、それを忘れてしまえる自分にも。

 「私は楽しんでいます――地球という星と、生活する、ということを」
「テレサ……」
「ひとは、感情の動物。……私がどういった意味で“ひと”であれるのか、とか。この地球のお野菜は、どういった意味があるのか、とか。食べると美味しいというのはどういうことか、とか。レシピが変わればこんなに印象が違うのはなぜかとか。どうしてこんなにいろんな人がいるんだろう、とか」
 面白いことはいろいろあります……。
 話し出すときりがない、というような様子で、テレサはいろいろなことを上げていった。そういえば大介は、あまり彼女の話を聞いたことがない。無口なのか口下手なのだと思っていたのは、思い込みだったのかもしれなかった。

 ほんの少しのすれ違い--。

 こんな風に、小さなすれ違いが、いったいどれだけ僕らの間にあるのだろう。
 いまさらながらに此処にいて、触れることのできる彼女が愛しかった。


 小さなすれ違いって、埋めるために――相手にとって自分がどうなのか、って知るためにあるのかもしれませんわね。

 三日後。
 機上の人となった大介は、艦橋でふと、テレサの言葉を思い返した。
 「艦長? 恋人ですか? ――すっげぇ美人ですね」
机の上に置いたフォトフレームを目ざとくみつけた新人艦橋要員が軽口をたたく。
思わず「ばぁか」と言って帽子を目深にかぶりなおした。
「おいっ、阿呆なこと言ってないで、とっとと準備せんかぁ!」
先任にごいんと後ろ頭を拳骨で殴られて、「ひどいですよぉ」と涙目になり、大介はくすりと帽子の陰で笑う。

 そうだな。
 君は綺麗だ――そして。強いよまったく。
 目の前の空と同じく、心は平静に済んでいる。

 第8輸送艦隊の自席も、久々の搭乗を喜んでいるかのようで、また艦橋も軽い興奮に沸き立っていた。出航前の、いつもの風景が返ってきていた。

【Fin】

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