fc2ブログ
2012_01
20
(Fri)19:09

甘い二十>No.19-2

19. 【ほんの少しの行き違い】

= 2 =
 さてこちらは地球のテレサ。
(島さん……)
 いまごろ冥王星の彼方であろう(イレギュラーな事態が起きてすでに出発してしまった、ということは当然、テレサは知らない)。着いたという日に電話してきて、久しぶりに声を聴き、顔を眺めた。

 ようやく島の遠洋航路への往復仕事にも(感覚が)慣れてきた。居ないときは居ないなりの楽しみ方、生活の仕方を覚えている最中のテレサである。
 週に一度のお買いもの、近所への二日にいっぺんのお散歩を兼ねた買い出し。ユキへの定期通信、三週間に一度の軍施設へのチェック出頭。
 時々島の弟・次郎が様子を見にきてくれる。――まだご両親にはご挨拶しただけだが、次郎はなぜか懐いて、時々学校の様子を知らせたり、偵察したりにくるのである。
子どもそのものが珍しいテレサには、それは一つの“台風一過”というようなものだった。
(でも、かわいらしいものですわよね)
 テレザード星にも子どもはいたし、もちろんテレサも昔は子どもだった。
 次郎は顔だちや雰囲気は、大介にはあまり似ていないし、元気いっぱいなところはきっと性格なのだろうと思うのだが、ふっと見せる大人びた表情――この時代を生き残った子どもたちは多かれ少なかれそういうものを持っていたが――が島を彷彿させることがあり、その合間のいたずらめいた表情に、幼い島を見出して、なにか心嬉しいようでもある。

 さてその次郎が帰ったあと。

 部屋の片づけも、翌日の用意も済ませ、読書とニュースのチェックなど終えると……暇だった。
(これはなにかすることを見つけなければいけないかもしれません)
ここのところ、いろいろ慣れなければならないことも多くて、地球のあれこれを学んでいるとあっという間に時間が経った。もともとあまり睡眠時間を多くとる必要もない体である(逆に、眠ろうと思えばけっこうたくさん眠ることもできたが)。あれこれに慣れてしまうと、時間が、余る。――島が居ればあっという間に過ぎる夜も、一人になれば長かった。
 そんな時はテレザートを思い出すこともある。
 宇宙を漂ったときのことを思い返すこともあった。

 テレサには特に深い感情は無い。哀しみ--と呼べるものも、傷ついた思い出もない。ただ静かに、歴史をなぞるように記憶を引き出していくと、何らかの感情が動くこともあった。……そうしてそこに必ず、島の姿がある。
 そうすれば次には、まるでそこにいるかのように生き生きと、島の息遣いまでを思い描くことができた。
(――離れている、という気はしない)
テレサの一種の能力なのだろうか。想像ではなく、映像のように浮かび上がる。……ただ、触れはしない。実態は遥か太陽系の彼方である。

 (そうだわ)
 テレサはふと思い立った。
(寄港しているときは、メールのやり取りができるのでした)
通信でお話しして二日になる。あと二日ほど居るはずだ。
メールが届くまで丸1日。なら、近況報告くらいはしてもいいわね。

 そう思うと、少しいそいそと画面に向かう。
 テレサの目には、その向こうでいつもと変わらぬ笑顔を浮かべている大介の姿が見えていた。


 「え? 艦長、ご存じなかったですか?」
出発前のことだ。ブリーフィング後のランチで、雑談の続きのように航海士が言った。先ほど、艦橋メンバーで昼飯時に話していたことの続きである。
「宇宙の中に突然、温泉が湧いて出ましてね」
(そんなことあるのか?)と内心ツッコミをした島。
「こりゃ珍しいってんで、いまや一大観光地!」別のメンバーが声を重ねる。
「いろんなとこ商業参入してちゃっかりなんだか秘境っぽい扱いになってますよ」
「霊験あらたかだとか」「現代の奇跡だとか」
まったくいい加減な商法だが、そういうノリというのはいつの時代も変わらないのだろうか。
 「手軽に民間船で二泊三日っすからね」「そうそう、恋人としっぽり、というにはちょうどいいんじゃないすか」
島は、え、と言葉を濁してから、そんなに人気なら休みが取れたからといって予約なんざ取れないだろうと言うと。「まっかせてください!」と若い一人が胸を叩いた。「うちの実家、それの開発会社に関わってんですよ。お二人くらい、なんとでもなりますから」
「それに、いまの時期はそんなに込んでませんよ。この間見たら、船は大丈夫そうだし」
――なんでみんなそんなに詳しいんだ? という艦長の疑問は置いておいて。
あまりに皆に勧められるので、そういった点は素直な島は内心で頷いた。
(よし。次の休みにテレサを連れて行ってやろう…)と。

 搭乗直前。さっそく通信回路を開いてテレサにメールを送った。
これから送ったのでは、届くころには自分は艦の上。その返事を受け取ることは帰還までできない可能性もある--まぁたいていは途中の寄港地に転送されているのだが。
 (まぁいい。……それを読んで慌てる彼女でもなかろう)
 どこへ行く。いまどこにいる。
 これは時には機密事項となる。
 いつ出発する。どんな仕事だ。
 これも言えないことが多いのは、軍に勤める宇宙艦乗りの常識である。

 だから船乗りの家族は、彼らがどこにいるかを知らない。「これから帰るから」と言って、懲戒を受けたり減俸された隊員も知っている。
 大介の所属する輸送艦では、戦艦ほど厳しくはないが、それでも。


 島がメールを発信したのは出発直前だった。テレサに届くのは翌日だろう。
 図らずも、テレサがそれに遅れること数時間。地球から冥王星の第二基地にいるはずの島に向けてメッセージを送信した。

 ほんの少しの行き違い。

 だがメールは互いに受け取られることがないまま、「転送」ファイルに保管され、パッケージとして次の寄港先へ転送される。

 だが、いいのだ。
 幸せな休暇を提案する優しいメール。
 待つことのできる幸福を平易な日常に変えて報告するメール。
 幸せな二つのメールが行き違い、宇宙を飛び交う。

 テレサには[宛先の方は現在、当基地に滞在しておりません。メッセージを転送します]という機械的な返信が届くだろう。
そうして島の手にそれが届くのは何日先のことだろうか。
 きっと彼はそれを読み、少し困った顔をして、その後にふんわりとほほ笑むのだろう。
 島のメールはいつ届くだろうか。テレサがそれを読んだ時の驚いた顔を見られないのが残念だ、などと彼は思いながら、艦上のひととなった。

 西暦2203年――1組の恋人たちは、また少し、お互いの絆をゆっくりと深めようとしている。宇宙は今日も、凪いでいる。

Fin
――19 Jun, 2012

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

トラックバック