♪さだば~~~地球よ~~★
と、いうことで、だね。(^.^)♪
私しゃ、言いたいことは言うてしまったので、もう良いわけでござりまする。
満足。
なぁんか、縛られてたなぁ、という処もあるんだけど
それが愛ってもんよねーという処も、もちろん、あるさ。
本気で、ネットやめようとか、blogまた閉じようとか、お話・再度index作ったりしたけど
またまた下ろそう、とか、いろいろ思ったんだけど。
その「やめなきゃ」というのもストレスになるんだわな。
「夢中になれない」哀しみっていうのが、以前は切なかったんですけどね、
まぁいいや、もう、わが道を行っちゃえ、ということになった。
ここまで楽しんで作ってきたものは、そのままとして。
(これだけは言いたくなかったけど)自分の世界でいんじゃないの?
私がこだわっていたのは、
「新月worldが、本編とは違う場所に勝手に作られた妄想になるのは絶対イヤ」
だったんですね、これがいやだと。
少なくとも、「ヤマトの世界」を壊さないものでありたかったし
その中の隅っこに居て、不自然じゃないものでいたかった。
受け手の一人として、その膨大な宇宙の端っこの素粒子一個くらいで居させてほしかった。
だから、自分で自分に「逸脱は許さな」かった。
でもねー。
30年考え続けたんだから、もういっかなということにした。
出来ているものを壊してまで、
「死んだ」ものに合わせる必要、ないじゃん。
ということで、お気楽に楽しむことにします♪
だから★
ヤマパも、「2199」も、楽しもうっと♪
と思ってます。一緒に遊んでやってください。
よろしければ、ヤマパでお会いしましょう(と言いつつ、フランスからの暴風雨に吹き飛ばされそうで、スケジュールは風前の灯火ですが・笑)
・・・
あ、も一つだけ言いたいことあったよ。
メールとかで「二回聞いちゃった」人、ごめんなさい(_ _)。↓
私しゃ、言いたいことは言うてしまったので、もう良いわけでござりまする。
満足。
なぁんか、縛られてたなぁ、という処もあるんだけど
それが愛ってもんよねーという処も、もちろん、あるさ。
本気で、ネットやめようとか、blogまた閉じようとか、お話・再度index作ったりしたけど
またまた下ろそう、とか、いろいろ思ったんだけど。
その「やめなきゃ」というのもストレスになるんだわな。
「夢中になれない」哀しみっていうのが、以前は切なかったんですけどね、
まぁいいや、もう、わが道を行っちゃえ、ということになった。
ここまで楽しんで作ってきたものは、そのままとして。
(これだけは言いたくなかったけど)自分の世界でいんじゃないの?
私がこだわっていたのは、
「新月worldが、本編とは違う場所に勝手に作られた妄想になるのは絶対イヤ」
だったんですね、これがいやだと。
少なくとも、「ヤマトの世界」を壊さないものでありたかったし
その中の隅っこに居て、不自然じゃないものでいたかった。
受け手の一人として、その膨大な宇宙の端っこの素粒子一個くらいで居させてほしかった。
だから、自分で自分に「逸脱は許さな」かった。
でもねー。
30年考え続けたんだから、もういっかなということにした。
出来ているものを壊してまで、
「死んだ」ものに合わせる必要、ないじゃん。
ということで、お気楽に楽しむことにします♪
だから★
ヤマパも、「2199」も、楽しもうっと♪
と思ってます。一緒に遊んでやってください。
よろしければ、ヤマパでお会いしましょう(と言いつつ、フランスからの暴風雨に吹き飛ばされそうで、スケジュールは風前の灯火ですが・笑)
・・・
あ、も一つだけ言いたいことあったよ。
メールとかで「二回聞いちゃった」人、ごめんなさい(_ _)。↓
◆ ◆
あのね。
私が何か言ったり、書くと。
「1ファンとして楽しみたいから、裏話や製作事情なんか知りたくない」
って言う方々が結構多いです。
それも、身近な人の方が、より多いです。
いつも、「?」って思います。
私だって、きっぱり知りませんとも。
興味もないし、感心もないです。本当はもっと興味持たないといけないと思うくらい、どう作られたかすら実は知らない。
情報というのは、ほとんどが表に出ているものです。
そこから読み取れるものは、いくらもあるし、読み取ろうと思わなくとも見えてしまうものもある。
裏情報、とか裏事情とか、舞台裏というのがあったとして、
本当に知っていたら、表に出せるわけありません。出せるものは「裏」じゃないんです。
少なくとも、プロはそんなことしませんし、漏らした人がいたら「プロじゃありません」。
だから、同じ映画を観て、同じようにネットを読み、単に視聴者しているだけです。しかもマニアでもコレクターでもない。かなり緩い方だと思います。
・・・
その人の「ヤマトが好き」状態の違いとか、興味の範囲の違いとか、
時間のあるなしとか、情報(ネット)リテラシー力の違いとかで
引っかかってくる情報量や質は違うんじゃないかと思います。
私はイベント情報やその他、ファンが「おいしい」「逃したらいけない」というものは、ほとんど、「ヤマトなお友だち」ネットワークでご紹介いただいてます。現に、2/18のイベントの抽選なんかも知らなかったくらいです。
もちろん、製作者に“お友だち”も、“親しいひと”も居ません。
出入りできたり一緒に飲みに行ったりする、ツテもコネもないですし、別にそうしたいと思ったこともないです。そういうのをステータスと思っておられる方がけっこういらっしゃることも最近まで知りませんでした(それはそれで面白い考え方ですね)。
確かに音楽関係者とは、間接的な仕事のかかわりのある方もいらっしゃいますが、そこでヤマトの話をすることは、ほぼありませんし、あまりに珍しい体験だったので、この間は此処に書いたのです=ご許諾いただいて。
例えば、前々回のヤマパで演奏をした時に、権利関係者と話をしていろいろ聞きましたが、これは、演奏する立場の人間なら誰でもすることで、ご連絡すれば、誰でも同じ話をすることになったものだと思います。
・・
要するに、ヤマトに関しては。
画面を見て、映画に行き、話を聞き、音や音楽を聴いてるだけです。
「それから見えてくるもの」について、意見やら、感想やら、感情やらを述べてるだけです。
観ればわかるじゃないですか? 少なくとも、自分にとって自明の理だと思われる(過去の経験則や知識からですね)ことを推測したりしているだけです。
もちろん、ぜんぜん違うのかもしれませんが、裏を取る気もないです。かかわりたくないからです。
私は、製作者と受け手は、間に細いけれども、越えられない線が引かれているものだと思っています。
ファンがいろいろ言うこともあり、製作者がそれを拾っていくこともあるでしょうけれども。租借して、どう使うか、使わないか、無視するか、利用するか。そんなのは発信する側の勝手だろうと思うのです。それが、「神の手」を持つ側と、「ひとびと=我々」との絶対的な違いなんですよね。
音楽評論という仕事があります。いやまぁ職業として成立しているかどうかは別として(笑)。彼らは演奏会に行き、音楽を聴いているだけです。実際に会って裏話を聴いたりはしませんし、中には絶対にアーティストには逢わない、インタビューもしない、と決めている人もいらっしゃいます(ブレるからだそうです)。
それでも見聞きし、どう演奏されているか、その前の演奏会はどうだったか、この指揮者はどういう人か…圧倒的な知識と経験則で、様々なことが読み取れるから、書けるんですよね。
まぁ評論家のセンセイ方と一緒にするのはセンセイ方に失礼ですが、例としてはわかりやすいかなと。
要するに、見えてるもの以外は、何も知りませんで、ということでした。
ちなみに。
『復活篇』は、3回観ました。
『DC版』は、結局は1回です。友人たちと待ち合わせて最終日、目の前まで行ったのですが、仕事に戻って観られませんでした。
さらに言うと。私は某若手(?)俳優くんのファンですが、去年の某コミック原作山岳映画は、7回観ました。
ですが。
もっと言うと。
たった1回しか観てなくてもですよ。ヤマトだと、何故あんなに鮮明にほとんどの場面を覚えているんでしょうね? ちなみにDVDは一度も見返していません。ですがほぼ皆さんとの会話に困らないんです。…う~ん、、、仕事面で発揮してほしい、この能力(笑)。
ということでした。長いけど、わかってもらえるとうれしいんだけどなー、こっちは。
(あっちの「意見/感想」の方は、皆さんと見解が異なっても当然なので、理解は求めておりません、はい。
あのね。
私が何か言ったり、書くと。
「1ファンとして楽しみたいから、裏話や製作事情なんか知りたくない」
って言う方々が結構多いです。
それも、身近な人の方が、より多いです。
いつも、「?」って思います。
私だって、きっぱり知りませんとも。
興味もないし、感心もないです。本当はもっと興味持たないといけないと思うくらい、どう作られたかすら実は知らない。
情報というのは、ほとんどが表に出ているものです。
そこから読み取れるものは、いくらもあるし、読み取ろうと思わなくとも見えてしまうものもある。
裏情報、とか裏事情とか、舞台裏というのがあったとして、
本当に知っていたら、表に出せるわけありません。出せるものは「裏」じゃないんです。
少なくとも、プロはそんなことしませんし、漏らした人がいたら「プロじゃありません」。
だから、同じ映画を観て、同じようにネットを読み、単に視聴者しているだけです。しかもマニアでもコレクターでもない。かなり緩い方だと思います。
・・・
その人の「ヤマトが好き」状態の違いとか、興味の範囲の違いとか、
時間のあるなしとか、情報(ネット)リテラシー力の違いとかで
引っかかってくる情報量や質は違うんじゃないかと思います。
私はイベント情報やその他、ファンが「おいしい」「逃したらいけない」というものは、ほとんど、「ヤマトなお友だち」ネットワークでご紹介いただいてます。現に、2/18のイベントの抽選なんかも知らなかったくらいです。
もちろん、製作者に“お友だち”も、“親しいひと”も居ません。
出入りできたり一緒に飲みに行ったりする、ツテもコネもないですし、別にそうしたいと思ったこともないです。そういうのをステータスと思っておられる方がけっこういらっしゃることも最近まで知りませんでした(それはそれで面白い考え方ですね)。
確かに音楽関係者とは、間接的な仕事のかかわりのある方もいらっしゃいますが、そこでヤマトの話をすることは、ほぼありませんし、あまりに珍しい体験だったので、この間は此処に書いたのです=ご許諾いただいて。
例えば、前々回のヤマパで演奏をした時に、権利関係者と話をしていろいろ聞きましたが、これは、演奏する立場の人間なら誰でもすることで、ご連絡すれば、誰でも同じ話をすることになったものだと思います。
・・
要するに、ヤマトに関しては。
画面を見て、映画に行き、話を聞き、音や音楽を聴いてるだけです。
「それから見えてくるもの」について、意見やら、感想やら、感情やらを述べてるだけです。
観ればわかるじゃないですか? 少なくとも、自分にとって自明の理だと思われる(過去の経験則や知識からですね)ことを推測したりしているだけです。
もちろん、ぜんぜん違うのかもしれませんが、裏を取る気もないです。かかわりたくないからです。
私は、製作者と受け手は、間に細いけれども、越えられない線が引かれているものだと思っています。
ファンがいろいろ言うこともあり、製作者がそれを拾っていくこともあるでしょうけれども。租借して、どう使うか、使わないか、無視するか、利用するか。そんなのは発信する側の勝手だろうと思うのです。それが、「神の手」を持つ側と、「ひとびと=我々」との絶対的な違いなんですよね。
音楽評論という仕事があります。いやまぁ職業として成立しているかどうかは別として(笑)。彼らは演奏会に行き、音楽を聴いているだけです。実際に会って裏話を聴いたりはしませんし、中には絶対にアーティストには逢わない、インタビューもしない、と決めている人もいらっしゃいます(ブレるからだそうです)。
それでも見聞きし、どう演奏されているか、その前の演奏会はどうだったか、この指揮者はどういう人か…圧倒的な知識と経験則で、様々なことが読み取れるから、書けるんですよね。
まぁ評論家のセンセイ方と一緒にするのはセンセイ方に失礼ですが、例としてはわかりやすいかなと。
要するに、見えてるもの以外は、何も知りませんで、ということでした。
ちなみに。
『復活篇』は、3回観ました。
『DC版』は、結局は1回です。友人たちと待ち合わせて最終日、目の前まで行ったのですが、仕事に戻って観られませんでした。
さらに言うと。私は某若手(?)俳優くんのファンですが、去年の某コミック原作山岳映画は、7回観ました。
ですが。
もっと言うと。
たった1回しか観てなくてもですよ。ヤマトだと、何故あんなに鮮明にほとんどの場面を覚えているんでしょうね? ちなみにDVDは一度も見返していません。ですがほぼ皆さんとの会話に困らないんです。…う~ん、、、仕事面で発揮してほしい、この能力(笑)。
ということでした。長いけど、わかってもらえるとうれしいんだけどなー、こっちは。
(あっちの「意見/感想」の方は、皆さんと見解が異なっても当然なので、理解は求めておりません、はい。