fc2ブログ
2013_04
22
(Mon)18:36

帰京しました。

 また東京を留守にしておりまして、う~、ヤマト今週いっぱいなんだな。見たいなと思いつつ、TVも大河ドラマもムリだという週末でございました。(まぁ大河ドラマといえば、そっちの方へ行っていたんだがな)

 唐突ですが、東北行ってました。二泊三日です。観光も回復しているみたいで、よいことだと思います…が、観光しにいったんじゃなかったでした。

 被災地に対して何かできないか、という願いは皆、なにかしら持ってると思うんですよね。実際に瓦礫の撤去に行った人もいれば、何かを送った人も、手伝った人もいれば。足りない人材を派遣した人もいれば、仕事や住まいを提供した人、そっちの農産物や魚介類を買った人もいると思いますが。
 自分の技術・技能を生かせれば、それは素晴らしいことだけれど、はてさて音楽には何ができるのだろう? というのがここ2年間のわれわれやプロの演奏家たち、そして現地でそういう仕事をしてきた人たちの悩みであり想いでした。
 結論として皆、持っているのは「何にもできないんだよね」ということだったりする。
 だけど、あるプロの人が言ってたけれども。
 ここだけ書くと伝わらないかもしれないけど、「音楽家にできることなど何もないけれども、音楽は、人にとっては必要だ」……さてアマチュアに何かできることがあるのかなとは思うけれども(私は音楽の仕事をしているという意味では演奏家ではないが素人でもない。その関係者として存在価値そのものを考えなければならなかったのは、立場としては同じなんだな。

 ただ。自分の中では結論は出ていた。
 阪神淡路大震災もあって、その時と今とは、立場も年齢も、違っていたから。

                  ・・・
 前振りが相変わらず長いですが、楽器担いで行っておりました。アマチュア仲間と一緒にでございます。
 私が担いで行ったわけではなくて、バス2台に分乗して、総勢90名の仲間たちと。金曜の深夜に新宿を発って、東北道を北上し、一関でICを降り、陸路を東へ。陸前高田で土曜日にリハーサル(中学生たちの見学付き)、本番(100名余のお客様が足を運んでくださいました)。そこからまたバスと車で広田湾の岬の方まで移動し、公民館で宴会と地元の人たちとお話をしたりし、そしてまた深夜行で都内へ戻る。

 私たちはツレがコントラバスで、楽器が大きいので自家用車で別行動。私が免許を持っていないため、一人で9時間も往復運転させるわけにはいかないため、前夜に仙台に入り、朝6時すぎに仙台を出て陸前高田へ向かい、現地合流、ということにしました。
 他のコントラバスもそうしてましたね。楽器を持っていかなければならないので、バスには預けられないんです。

 他にも何台かそういう車があり、たいていは一関に泊まったようです。

 行って、演奏してきました。ということなんですな。
 発起人は、そこに親戚のあるヴィオラ弾きで、一緒に演奏活動をしている音楽家=指揮者(<この人はプロ)に話して、2人でスタートした。事務局を募り、手を挙げた人がいて、4人で仕切り、インターネットで呼びかけて集まった人たちがいた。最初は30人とかを予想していたら蓋を開けたら90人が集まった。
 実際に来てくださった方々の表情が、プログラムが進むにつれ、どんどん明るくなっていき、「マルモリ」や「千の風」は一緒に歌い、指揮者に挑戦コーナーの頃には大きな拍手をしてくれるようになった様子を拝見していると、来てよかったのかなと思いつつ。
 会場を借り、リハーサルを見学しにきた180名の地元中学生たちの元気のよさが、希望。
 そのうちの吹奏楽部のメンバーは、事前に相談の上、1曲だけ一緒に演奏をしたのですが、最後には合唱のお返しまでしてくれて、ともかく元気! なのです。おまけに廊下で行き会う子たちも挨拶はぱきっとしてるし、皆、礼儀正しい。校舎もとてもきれいでした。これは、教育がいい、というのかな? 土地柄なのかな?

 夕食を採りながら話を聞いたのですが、復興は終わっていない、雇用・仕事と住宅の問題、それらはまだまだ解決の道が見えてないとも仰っていました。行政も、人々もがんばっているけれども、日本国中の協力が必要だ、とも。
 中学生たちは現在、学校までスクールバスで通っているそうです。家が遠くなってしまった子たちもいるので、バスが毎朝、彼らを迎えに行き、学校まで連れてくる。なので夕方の本番は、特別に許可を得た吹奏楽部のメンバーしか見ることができなかったのでした。

 楽しい気持ちや希望は人を前に押し出してくれます。幸せな気持ちは、生きる希望をくれる。
 仕事の締切→一日抜け出してヤマト→仕事、→出発、と、睡眠不足のままの強行軍で(昨日は20時半ごろ東京に着き、久しぶりにゆっくり寝た)、まだへとへとですが。これからもう少しいろいろなことが落ち着いてくるのかもしれないっすね、頭の中で。

 でも、音楽にも何かできるのかもしれない。
 実感したことでもあります。

↓仙台を出て一関の方へ向かう。大船渡、陸前高田、気仙沼、釜石の地理的位置を、ようやく体感
m_263.jpg
陸前高田は、広田湾の奥に、広がる市で、漁港がたくさんあります。岸壁はキレイだった。
そういえば、生わかめが、むっちゃ美味です。今度、店で見かけたら買おう

m陸前高田_269
↑海の方。更地になってしまって、何にもない。手前の建物も、、、おそらく
↓仮設住宅。高台の平地に何棟かまとまって建っています
m仮設_289
m桜_293
↑会場だった中学校の体育館の、裏手にある桜がとてもきれいでした。此処は物凄い高台で、
普通に歩いて上がるにはかなりの急勾配です。
リアス式海岸というのを実感したのは初めてですが、そういった高低が
ずいぶんあるものだなと思います。

 ちなみに、この日の模様は、「岩手日報」の今朝の朝刊に、掲載されたそうです。
 ウェッブからも見ることができます。

                  ・・・
 22時に広田湾の方の岬に残された6軒の家をベースにした集会場(=ボランティアの拠点になっているそうで、炊き出しと寝泊りできる部屋がある)で宴会その他を終わらせたわれわれは帰路に着きました。
 一関までをバスに先導してもらい(ナビの着いてない車なので、夜中の知らない市道はお手上げなのです)、そこから高速で仙台まで。日付の変わった25時頃に戻りったのでした。

 日曜の朝、仙台は大量の雪が降っていました。
 私は雪は好きですし、暑いより寒い方がずっと調子が良いのですが、高速道路が閉鎖されなくてよかった(^_^;)

 さて今週。私はヤマトを観に行けるのでしょうか???

コメント

御礼

>>拍手コメントいただいたKさま

ありがとうございます。
信じるしかないですね。
人の力とか、意思とか、善意とかを。

で、結構できるものですよ、仲間さえいれば。
人それぞれ、出来ることには分がありまして、
そういうのを引っ張る人もいれば便乗する人もいて
蔭ながら祈る人も、いてもよいのだと思っています。

2013/04/24 (Wed) 22:23 | 綾乃 | 編集 | 返信

コメントの投稿

非公開コメント

トラックバック