ヤマト第六章/前夜祭
ここのところ“大人買い”をして、そのまま。というパターンなので(使えるのは小物=これがまた頑丈でないことこの上なく、少し刷れただけで飛んでしまったりするので、すでにチャームなどは失くしたものが多い。あとクリアファイルは複数枚買っておいて1枚はシゴトに使っている。仲間を探すのに役立つツールだ・笑)、そうして、紙袋を持ったまま館内へ。前に置いておけばうるさいこともなかろう。
このチケットはキャンセル分(だろうおそらく)をゲットしたものだったのだけど、席は例によって前から二列めの、幸いにもど真ん中である。思いっきりヤマト艦内にどっぷり入れるシチュエーションだ。良い席ではないのだろうが、先行上映で没頭するには大変に良い。余分な情報が無いし、人を気にすることもない。かわいそうに、私の右隣の方はついに最後まで現れなかったので、仕事が終わらなかったか家族に急病人が出たか? ということなんだろうな、、、私も実は危なかったのだが、無理やり蹴飛ばして来たので。
この距離で見て荒れのない画面のクオリティというのはすごいなといつも思う。
前章までのあらすじは生々しく、そしてガミラスから始まった。
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もうこの時間だと見終わっている人も多かろう。私は夕方からの第2回舞台挨拶回だけれども、その前に仕事に行かなければいけない。
ネタバレしない範囲で、ストーリーでなく、感想をメモしておく(このあとたぶんずっと書かないような気がするからです)。
終わったあと、誰とも話もしたくなく、夜中だったこともあり、寿司食いにいって、「古代進がツラい~~」と寿司屋の、旨い寿司を握ってくれるおじさん(というかもう爺さんだけど)に言っていた。偶然だが、この職人さんも某店では「進くん」と呼ばれている。さすがにヤマトは知っるみたいだけど、職業柄見たことはないそうだ。「新しいシリーズ、やってるんですか?」と驚いてた。
第五章は快哉を叫べるほどのワクワク感と、物語にぐいぐい引き込まれていく圧倒的な力を感じた。終局にはマゼラン星雲への到達があり、最後のシーンで、「えぇ? あれどうなのよー」というファンの疑問。
そして第六章は、その疑問の回答、いや「あぁその(沖田の采配の)シーンには、こういった裏の意味があったのか」という場面から始まったのだ。深く考えなかった私にも、ヤマトの(復路での)不利=ガミラスの現在の不利 ということだったという意味があったのだ。
ゲールが良い味出してたけど(爆)。デスラーもこの男を嫌いではないのだろう、デスラーのおざなりの言葉にも頬をぽっと染めてしまうとこなど、おぢさん、カワイイ。
そしてガミラス側の物語を丁寧につむぐことで、ヤマトの目的・迷い・人々の群像劇が鮮明に浮き立ってくる。
もちろん単純な「製作者のガミラス愛」はあるのだろうけれども、リメイクされる物語の手法としては、非常に高度なものだと思えます。
第五章から分岐したり収斂しつつある人々のそれぞれの物語は、発展し、展開して、出渕ワールドへヤマトを持っていく。もはや乗艦した人々がそれから降りたいとは思わないだろう、あと4話。この続きが観たい、と切実に願うし、続の物語はどうなるのだろうか、作ってくださいお願いします、という、これはもはや【願い】だ。
話が逸れた。
この章に至ってようやく、話は主人公たちへ向かう。……だが古代の内面は描かれない。そこにリアリティを求めなくてもよいだろうという意見もあるかもしれないけど、戦術長であり艦の統率グループの一人であるという立場。個人の感情で動いてよい部分を、彼は逸脱することはない。いや逸脱した場面もあったけど、そこでは無力な、「タダビト」である古代自身が突きつけられるだけ。
古代進はヒーローじゃなく、この作品では、「かなりダメな男」である。
ダメ男とは違う。ヒトとしては一級、軍人としても有能。だけど、彼女のために突っ走っても、成功させることはできないのだ。“だ~っと行って、奇跡を起こし”て、敵のひとまで味方にして、奪還してくる、なんていう昭和のヒーローなことはできない。
ただ自分の無力をシゴトに転嫁するべく、ガミラスを叩き落とす、、、ことしかできない。
南部クンの方がずっとオレサマで、熱血で、実行力がある。(ただ彼は“大砲屋”なので救助に行くことはできないのだ。それは古代クンの仕事)で、けっこう友だち想いで、好きな人には一途である。
古代と南部のシーンが、今回いくつかあるけれど、かなり萌えでした、はい。
私はダメな男は好きです。何かに縛られ、だけどその“何か”を大切にすることで、抑えている情熱が爆発する時に、何か凄いことをやってくれるわけでしょ。現実でもそうなんだから、がんばれ、古代。
旧作の古代は天才だった。その裏にあるもの、垣間見えるものがけっこうツラかった。
2199の古代は、語らない。ただ黙って押さえ込む。それが爆発する瞬間を、第七章で観られるのかな? こういう古代を好きでないという旧作ファンは、もしかしたら多いのかもしれませんね。
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それとは別に、それぞれのキャラについて、見せ場も物語も感じられる1章でした。
島くんも、出番は少なかったけれども、私にとっては“やっぱり島は、島”なのです。島大介ですね。
で、新見ちゃんファンの男性の皆さま。待望の、、、でございますねぇ。うふふ。
書いているうちに明るくなってきましたけれども、
最初の感想は、「ヤマトらしくなってきた」だったです。
オリジナル部分が増幅し、より精緻になってきたにもかかわらず。
それは、与えられる印象というものが、だったかもしれない。
私にとって、旧作のヤマトは、「重い」もの、「好きだけど苦しい」ものでした。
そこから解放されるために、書き続けてきた物語群だったはずだった。
その“重さ”が、物語の多重性とは別に、確かに第六章には存在している。
じんわりと、苦しい涙が湧いてくるような想いは
けっして古代が一時的にせよ雪を失ったからではない。
艦載機隊の戦闘シーンで(今回、ここにとても時間が割かれていたのは個人的にツボでしたが)
12機の未帰還機を出したから、だけではない。
言葉に出来ないなにかが、ここには存在しているように思います。
前夜祭には毎回、とても濃い人々とは別に、一人で来ているサラリーマン風の方たちが
必ずぽつぽつとあちこちに紛れ込んでいらっしゃいます。
大きなアタッシュケースを持ち、おそらく職場では
そんな話などされないだろうファンだと想像しています。
近くの席にいらしたそんな方が、手を握り締めるようにして、画面に食い入るように見入り
時々ため息を吐いておられたのが印象的でした。
だからこそ、出渕ワールドでしか成しえないヤマトを、もっと観たいと思うのです。
ということで、ぼちぼち出かけます。